2025/10/31

nothing to do

 「さいきんはなにしてるの」とよく聞かれる人生で、聞かれると「なにしてるんだろう」とふと考える。夏以降は「忙しかった夏の疲れをいやしてる」と答えていたけれど、明日から11月だし、この返事もそろそろ賞味期限が切れる。ここしばらくは家でミシンの仕事をしながら家事もするし、家族をケアし、自分もケアをし、書き残したいことがあれば文章を書き、声が掛かれば街にも繰り出す。昨日はビール仲間の友人が鎌倉へ。吞もうと声をかけてくれたので、<VANA VASA>の店頭で昼からダラダラ。互いにこれといった報告もないまま呑んでいると、店主が店頭の石油ストーブをつけてくれた。じんわり暖かくていいねえ、明るいうちから呑むって幸せだねえ、なんて言いながらも延々と呑んでいると、そこに灯油の配達でおじさんがやってきた。その場で店のポリタンク容器に詰め替えている。ビール仲間はちょうどトイレで席を外していたので、そのおじさんの手際をぼーっと眺めていた。そのとき、20年くらい前の記憶がフラッシュバックして、ひとりでニヤニヤしてしまった。

30歳の手前くらいに、葉山で文章を書くワークショップに通っていた。そのときの先生が、自分の師匠にあたる美術作家の永井宏(ながい・ひろし)さんなのだが、そのアトリエにも石油ストーブがあった。その日、仲間の一人が永井さんに言われて、ポンプをつかって灯油を入れる作業を試みていた。彼は扱い方をよくわかっておらず、ポンプから灯油が勢いよくこぼれてきて、玄関の土間に広がってしまった。「うわあああ!」となり、永井さんも「君たちは灯油の入れ方も知らないのか!」みたいな感じでわりとしっかり叱っていた。状況的にあんまり笑えないのだが、「バッカだなあ」と笑いを堪えていたわたしもまた、扱い方を知らなかった。昨日、その日のことが急によみがえってきた。アトリエのキッチンには<MJB>とおおきく書かれたグリーンのコーヒー缶がいつもあった。早くきた人がコーヒーを淹れる。わたしはいつも遅刻気味の生徒だったので、灯油もコーヒーも手伝った記憶がないけれど。月に一度集っていたアトリエの空気感を、忘れることはないだろう。「ワークショップってなにしてたの」も、よく聞かれる。「なにしていたんだろう」と振り返るが、うまく答えられない。なにもしていなかったような気がする。なにもしない、ということを学んでいたのかもしれない。それには工夫が必要で、想像力も必要で、笑いも必要不可欠で、案外クリエイティブな時間だったのかも。そんなことを思い出した昨日の午後、鎌倉でビールを呑みながら。

2025/10/22

容易ではない

 ここ最近はちょっとむつかしいものを縫ったりほどいたりしては、もくもくと学習している。一人で向き合っていると、技術がないのかセンスがないのか才能がないのか、もしやその全部がないのではないかとすらおもえてくる。とにかくいろいろとうまくいかず、そんな感じのまま日が暮れてゆく。一昨日も「なんにも成果のない一日だった…」と言ったわたしに「そういう日もあるよ」と娘がやさしく声をかけてくれた。にも関わらず、昨日もまったくうまくは進まず、帰宅した娘にまあまあ不機嫌に八つ当たりしてしまい「人にあたらないで」と注意されてしまった。しばらくして、どう考えても自分が悪いとおもったので「さっきはごめんなさい」と謝罪したりして、未熟な姿をさらしている今日この頃。

ものをつくるってむずかしいのだ。好き、とおもうものを形にするのがむずかしい。音も、絵も、味も、なんでもそうではないだろうか。発酵させるみたいに、ジリジリと時間をかけていくことでしか進めないことはあるので、くさらずにやる。こういうとき、タイパンツを続けていてよかったなとおもう。すきな形を、おおむね想像の通りに仕立てられる。結局のところ、変わらない作業、営みが自分をリセットさせる。結果、励ましてくれる。誰かの言葉や評価ではなく、自分で自分を励まらせるものがあるのは、大事。それが手作業ならば、なおのこと。

2025/10/17

わたしにはむつかしい、彼らの当たり前

 自宅で仕事をしていると人に会うことが少ないのだが、今週は作業の合間に人に会うことが続いた。料理人、ラジオのDJ、タイパンツ作家、皆、生業(なりわい)が違う人同士の会話。料理人と話していたときのこと。蕎麦やお味噌汁のはなしになり、出汁パックをつかうよと言ったら、彼らはそれを使ったことがない様子だった。「お味噌汁なら煮干しがいいよ、前日にお水につけるだけだから」と言われたが、明日の料理を前日に考えて、さらに事前に出汁をとる準備をするなんて、とっても難儀である。お蕎麦が好きだと話したら、「分厚い鰹節で出汁をとると色が濃く出て、そこに醤油とみりんだけだよ」という。料理人、それは出汁職人でもあると知った先日。とはいえ、素直なわたしは昨日スーパーで煮干しなるものを購入。ところが青い煮干し、白い煮干しのようなもの、二種類あってまず悩む。なんとなく青がかわいいかしらんと手にした。昨日水に浸すはずが、買ったままもう忘れていたことに気づいた今朝。出汁をとったあとのお魚たちはどうすればいいのかも聞き忘れてしまったが、とりあえず、先ほどお水にお魚たちを解き放してみた。明日、解き放った彼らのことを、うっかり忘れませんように。

昨日はラジオDJを何十年と続けているおともだちと会った。修理を頼まれており、納品をしたら目の前でものすごく喜んでくれた。ミシンをつかった縫製の仕事ではなく、ペンチなどを使用して直すタイプの修理。布と金具のコンビネーションなので、扱いに注意点はあれど、そんな仕事もこれまでたくさんしてきた。そこまで難しいことではなかったが、よろこんでくれる姿を見るのはとてもうれしい。純粋に、明日の糧になる。彼女と話していたとき、仕事の事前準備を聞いて「そんなことまでするんだ!」と驚いた。本人は当たり前にやっていることのようだったが、しばらくしつこく聞き返すほど、掘り下げて質問するほど、びっくりなことだった。仕事とはつまりそういうことなんだなと、つくづく感じた今週。人が聞いたら「えー、めんどくさい!だって大変じゃん!」とおもうことを、当たり前にやる。それを毎回やる。そういうことなのだ。苦にならない、好きだから努力とはおもわない、みたいなものがベースにあって、そこを積み重ねて、力をつけていく。その人らしさになってゆく。そこがプロと素人の違いで、人の心を動かすがどうかの違い。手を抜くことができないのは、それが当たり前の事前準備で、仕上がりにつながっていくと、知っているから。それぞれのプロたちと会話を交わして、じぶんも手を抜かずに日々の仕事を積み重ねていこうと、あらためておもった今週の出来事。

2025/10/14

今週のMVP

 この連休がお休みだったサーファーは、おおあたりの三連休。日曜日は久しぶりに夫と波乗り。基本的に海は一人で行くのが好きなので、人と波乗りすることは稀。途中で板を交換できるのはたのしいけれど、上がりたいときのタイミングもちがうし、なんとなく様子をみたりして。綺麗好きな夫、レイジーなわたし。板の洗い方、車への乗せ方、ウェットの脱ぎ方、ビーサンの脱ぎ方、全部が対極。どっちもちいさなストレスを小脇に抱えているに違いない。海からあがって一旦帰宅。間髪入れず、逗子で初開催のオクトーバーフェストへいく。「歩いていく?」、「運動したからバスにしよう」、「そうだね」、即決の中年夫婦。海もオクトーバーフェストも「ゆっくりどうぞー」と娘はいう。親とは行動を別にしたがるようになったのはいつ頃だったか。4年生か、5年生か。「いかない」と言われて、最初は寂しいとおもったけれど、ちいさな雲はさっと消えた。別の空を探したから。結果、今は二人チームに元通りした感がつよい。「案外スムーズだったね」と、バスに揺られながら話す。来春はまた久しぶりにヨット(二人乗りのディンギー)にも乗ろうとか、夫は機会があれば弓道もしたいと言っていた。へえ。悪くないかも。

オクトーバーフェストで飲みすぎてしまい、翌日は撃沈のわたし。都内に行く予定もやめ、午後からは海にも入らず昼寝。昼寝から目覚めた早い夕方、ようやく復活して、娘のリクエストだった髪をすく。家族の髪は、いつもわたしがカットしている。美容院行けば? というのだが、ふたりともわたしのカットを気に入ってくれているので、ならばと仰せのままに。「こんな景色の美容室ないよねえ、あの人サーフォンうまいねえ!」なんて、娘は無邪気な様子で海を眺めて言う。「本当だよね。でも、あの人たちみんなめっちゃうまいから」とわたし。そうこうしていたら夫が波乗りから帰ってきた。娘が「今週のMVPだね」と言った。「そんなのあったの?だったらママももう少し頑張ったなあ」と言いながらも、手は娘の髪をすいていく。娘はこの連休中、パジャマでだらだらした日が多かったからか「ママが二番だね」、とのことだった。MVP、なんて言葉をいうのかあ。言い回しや伝え方、表現をいろいろ覚えてきたんだなあ。じぶんの言葉を持ってきた感じ。
娘はいつも、じぶんでおもうじぶんの正解をにぎっている。全てのやる気スイッチも、じぶんでにぎっている。人には譲らなないし、たくすこともない。船で舵を握る船長のように。「言うことを聞かない」ではなく、はなから「言うことを聞いていない」タイプの女の子。パジャマで落武者のようなオフの日と、オシャレしてキリッとポニテ(ポニーテールを彼女はこう呼ぶ)でオンの日が、別人のようで愉快。決断がはやくて、見た目とは裏腹に頑固なところもそうじて愛らしい船長は、今日も舵をとって学校へ。娘はわたしの永遠の Most Valuable Player。

2025/10/12

継続は力なりは、リアルなり

 曇天の土曜日だった昨日、でかける用事はやめてパジャマでダラダラ。疲れていたのか、お陰で体が整った感じがある今朝。一昨日の金曜日は朝から都内で打ち合わせ。先方から「尾山台の<オーボン・ビュータン>はどうですか」と言われたので向かう。大井町線、人生ではじめてかもしれない。お店は10時のオープン前から人が並んでいた。人気店なのだと教えてもらう。メニューを見るとビールもワインもあった。いただいたラザニアがとっても美味しく、お値段もお安い。また来たい、でも遠いから難しいかも。

デザインの打ち合わせだったのだが、信頼している相手なのでほとんどをお任せ。紙の色味、厚さ、実物を見ながら素材のリクエストを伝える。店を出てから、欲しいなあとおもっている家具をみに<d and department>へ。ソファのない我が家なので、ちょっといいなとおもっていたチェアの実物をみたく、その確認。とってもいい感じだったが、たためるとは言えおおきいかなあというのが懸念点。この先ますます小さな部屋に住みたいわたしだし、決してお安くないので決断はペンディング。
その後は表参道の<NOAH CLUBHOUSE>ではじまった<BIRDS CREATION>のジョージくんの展示へ。サーフボードの芯となる素材をブランクスと呼ぶそうだ。その部分を、マグロが入っていた箱(運び終わっていらなくなったもの)を繋げて削ってつくった、<マグロブランクス>というシリーズのサーフボードの展示。お世辞抜きにすばらしかった。遊び道具をつくる、という少年の発想がそのまま根底にあるおじさんの、腕とセンスが炸裂しまくっていた。
ジョージくんこと小玉譲二(こだま・じょうじ)くんは、わたしがギャラリーをはじめたばかりの9年前、こけら落としで展示をしてくれた。いきなりはじめることになったので、「ギャラリー? 企画展?」状態で困っていたわたしに、「よくわかないけれどみもちゃんのためにがんばるよ!」と言って作品を作ってくれた。「2ヶ月でつくってほしい」みたいな感じで頼んだじぶん。無知ってこわいですね。
ジョージくんはその頃からマグロの箱でボード作る研究を繰り返していた。試作段階みたいな板を借りて、乗させてもらったことがある。その当時の作品はまだ長さも短くて、ボディーボードの進化版みたいな感じだった。ストリンガー(ボードの真ん中にはいっている木)もなくて、フィンもないから波に乗ってもまっすぐ走るのもむずかしく、くるくるまわっちゃったりして(それはそれでおもしろかったけれど)。それからも本業のリペアと並行して、ずっと研究をしているのはなんとなく知っていた。今回完成されたそれらをみて、ちょっと感動すら覚えた。普通にサーフボードだった。7.6フィートくらいの板も、お澄ましした顔で並んでいた。マジかー、ここまで進化させたのかと驚き。遊び道具をつくる精神の、純粋で無垢な光がこれでもかと発光していた。
表参道をあとにして渋谷にもどり、バスで代田へ。<OFO BY INHERIT GALLERY>で開催中の、OGAWA YOHEIさんの展示を見にいく。実物をみてみたいなとおもっていたので、じっくり。繊細なタッチは覗き込んでみるたのしさがあって、近づいてみる。描いた人はどんな人なんだろうなと、そこに本人が不在だと妄想と想像もくわわる。たのしい。<INHERIT GALLERY>はブックレーベルもあって、作家とともに本をつくっていたり、とても興味深い。そんなにお話ししたことはないけれど、オーナーのふじもとさんはとてもいい感じで、どんな経緯で今の人生になったのかなど、一度ゆっくり聞いてみたい。今は都内で二つのギャラリーを運営していらして、あの苦労を少しでもかじって経験している身としては、頭が下がる。頑張っている人、作品、場所に触れると身が引き締まる。そんなこんなで都内を動き回った金曜日と、揺り戻しのようにだらけた昨日。今朝は天気も復活し、波もあるのでこれから夫と海へ。夫は朝から洗濯物を畳んだり干したり、相変わらず忙しそうです。よろしく〜。

2025/10/10

秋の空が、わたしを

 カーテンを開けたら魔法が解けたかのように波が消えていた。昨日の景色は夢だったのかな、なんておもうことがここに住んでいると度々ある。昨日は朝から午後までずっと波があったが、サイズが大き過ぎたので波を見ながらミシンを踏んで仕事をすすめる。途中に娘が帰宅し、仕事もひと段落したのが16時前。波もだいぶ小さくなって、いささか小さすぎるのではないかともおもったが、気分転換に車に板を積んで由比ヶ浜へ。

秋の空、秋の海、夏よりもうんと好きだった。そのことを忘れるくらいにこの10年以上は子育てや親のことや、じぶん以外を優先させてきたのだろう。そんな意識は全くなかったし、家族に注ぐことのできる時間を、時に気持ちが憂うときはあってもおおむね幸せだともおもっていた。でも、きっとたくさんのやりたいことを後回しにしてきた。最近になって、そんな自分に気がついた。
ママ友がすくないわたしは、シングルの友人、夫婦二人暮らしの友人、男の子の友人の方が圧倒的におおい。それはとても楽しいことで、自分と違う環境の人といると閉鎖的にならない開放感もあるが、時に「いいなあ」と比べていたことも、また事実だった。「自由でいいな」がベースにあった。人を羨む気持ちは思考やメンタルを歪ませて、徐々に自分自身を傷つける。それを何度も繰り返していた。何が変わることもなく、諦めることにも慣れてきていたところ、娘の手が離れはじめた。親のことに変化が出てきたのも、偶然だが同時期だった。漕ぐつもりもなかったヨット、気まぐれな風がセイルをはらませてゆっくり進み始めたような、乗るはずのなかったサーフボードが、たまたま波をとらえて滑り出したように。そんな感じのここ1、2年で、じぶんの暮らしはようやくじぶんを軸にして再び進めるような、そんな感覚がある。犠牲にしていたわけではないけれど、人生をかけて大切にしたいもの、今しかできないことをやるときは、それくらい疲弊する。そこに愛があればなおのこと。
昨日の夕方、海へ出かけるわたしに「もう4時だから、気をつけてね」と娘が言った。海から上がってすぐ、娘に電話をする。「今あがって着替えてるから、心配しないでね」とわたし。ここにくるまで長かったような気もするし、成長は早すぎたような気もする。「さみしい」という感情からなるべく遠ざけてこどもを育てたい、正確には家族という形を育みたいとおもっていた。ぶつかってもいいから。時間がかかったし、その間はたいしてお金も稼げなかったけれど、我が人生に悔いなし。今から、また、ここから。わたしの気持ちを自然とそんなふうに持ち上げてくれた、昨日の秋の空。

2025/10/09

稲村ヶ崎で乾杯を

 昨日から台風の影響で波がよい。開け放った窓からは、打ち寄せる波の音が途切れない。今日はもうサイズが大きすぎるので、わたしは見る専(せん)。無理をしないので上達は遅いが、おかげで無傷でここまでこれた。波乗りに出会って三十二年。熱心だったときもあるけれど、出産してからは冬ははいらないし、大きな日もはいらないし、ブーツもグローブも人にあげちゃった。でも海はずっとすき。

昨日の朝、家事をしていたら電話がなる。<Birds creation>のジョージくんと、ひさしぶりに電話ではなす。地道にコツコツやっていると、みてくれている人はいるんだなあとおもうような内容で、こっちまで朝からうれしい気持ちのお裾分け。知り合って十五年くらいの結構な年月が経つけれど、ずっと変わらない部分と、着実にステップアップしている部分が共存している。変わらない、流されない、あきらめない。大人になると案外難しいことを、純粋に、疑わずに生きている。自由にのびのびと呼吸している感じ。金曜日から都内で展示があるそうで、いけたらいくよと伝えると、唐突に「みもちゃん、きをつけてね」というので、「なににきをつければいいの」と聞くと、「くるときとかさ」と言ってウケていた。「ジョージくんも運転きをつけて」とわたし。道中の安全確認をしあって、電話を切る。
午後から稲村ヶ崎の邸宅でBBQ。この夏アルバイトをした<海の家パパイヤ>で知り合えた方たち数名と、夏ぶりにあう。この歳にしてヤングサイドの立ち位置においていただき、先輩方のお話に耳を傾け、時に質問をして楽しい午後。夕方海入るかなーとおもって珍しくノンアルコールビールで挑んだけれど、ノンアルでも普通にたのしいという発見もあった。なんでもやってみるものである。中にはアメリカに住んでいた人もいて、当時のはなしとか、ここまでの様々な仕事の話とか、「へー、へー!」みたいな感じで素直におもしろかった。じぶん、結構転職の多い人生だとおもってきたけれど、まだまだ序の口であった。もっと攻めていいのだと、得体のしれない勇気がわいた。「あのころは良かった」ではなく、ずっと転がっていく人生みたいな愉快さがあって、感じのいい大人っていい。人生には正解もゴールも、なくてよいのかもしれない。さて、自分はどんな大人になってゆくのだろうなんて、海を眺めながらおもった昨日の午後のこと。

2025/10/07

play guitar?

 昨晩夕飯をつくっていると「ママー、”ask”はたずねるー?」みたいな感じで、延々と単語の質問と例文の確認。中一レベルの単語なら、まだまだどんとこい。得意げに答え、変な例文でアンサーする。

英語のテストがもどってきた娘が「ここ間違えちゃった」とプリントをみせてきた。ザ・文法! というケアレスミスだった。「あなたはギターを弾きますか?」という例文だったのだが、are or doのまちがい。「実際は、こんなにかたい聞きかたしないけどね。ユー・プレイ・ギター?でも全然通じるよ」とわたし。続いて「be動詞ってなんだっけ」と娘。「なんだっけ?」とわたし。結果、じぶんの文法はかなり壊滅的なんだなと痛感した昨晩であった。
娘は<デュオリンゴ>という英会話のアプリをみずからはじめて、毎日続けている。一日五分ほどだけれど、もうすぐ一年になるそうだ。「えらいねー。そっちを続けたほうが絶対に役にたつよ」と、いつも誉めている。英語は単語が基本だけれど、自分も単語はまだまだよわい。昨日はじめて”strict”という単語を知った。厳しい、という意味らしい。ずっと使ってこなかったのでしょう。家庭科、体育、英語(今のところ)だけ頼ってくれる娘。理科・社会・数学・国語は一切聞いてこない。素直で正直、大変よろしい。

2025/10/06

あのとき君は若かった

 マチャアキ(堺正章)の曲を口ずさみたくなるほど、イベントが堪える歳になっている48歳。鎌倉・七里ヶ浜のフリーマーケットに出店していたあの頃の君、20代だったんだね。「イベントに出たい」と決意表明したこの夏、舌の根も乾かないうちに、諦めかけている秋の始まり。

<BIRD HOTEL>のイベントは無事に終了。テントもテーブルもないので、今回は友人にお世話になって一つ屋根の下で行商。フードの出店もそこそこあって、聞き耳をたてていると「いつかは鎌倉でお店を」みたいなことをちょいちょい耳にした。そうだよなー、なんておもう。自分なら次のステップでフードトラックとかやりたいかも。初期投資いくらかなーなんておもいながら会場をパトロールして、気がつけば閉店時間。当時、フリーマーケットは毎月出店をすると決めて二年続けたのだけれど、つくづく若かったんだと身をもって感じた昨晩。家族の誰よりも早く就寝していたようです。
じぶんはどこに向かいたいのか。夢が飲食だったら、フードトラックからの最後はお店を持ちたいとおもった気がする。でも、自分の夢は飲食じゃない。ではタイパンツ屋をやりたいのか? と聞かれたら、それはクエスチョンである。内向きなタイプなので、正直人ともあんまりつながりたくない。暑いのがきらい、寒いのもきらい。エアコンの効いたおへやがだいすき。屋根のある場所で、音楽を聴きながらミシンを踏んでいたい。というわけで、おもいっきり昨日の疲れをひきづっている月曜日。

2025/10/03

やさぐれちゃだめですか?

 横浜に日出町というエリアがある。ラブホテル街とアジア料理店が混在していて、どこか新大久保の細道を彷彿させる街。都民だったころは横浜に憧れがあり、みなとみらい、山下公園、元町などにうっとりしていた。県民になった今も素敵な横浜に憧れがあるが、実際のところ、足繁くかよっているのは線路をはさんだ反対側。野毛や伊勢崎町、妙に落ち着いてしまう自分がいる。

昨日は、地元が一緒で当時サッカーのクラブチームでボールを蹴っていた友人と、三人で昼からタイ料理。新宿区民から世田谷区民になった二人と、都民から県民になったわたし。ここ数年はちょいちょいあっているが、会わなかった30年くらいがあるので、知らなかったことがまだまだあり、いつ会っても新鮮さがある。昨日驚いたことは、そのうちの一人がずいぶん前にタイ料理教室に通っていたこと。食材やメニューなど、やけに詳しいなとおもったら、ガチガチの教室で学んでいたことがわかった。へえ!食品衛生の資格もとったらしい。もう一人の友人は長く看護師として働いているが、副業としてよもぎ蒸しを学び、事業の準備体制を整えていた。二人でフードトラックとかやれるじゃん! よもぎ蒸しも! とわたし。「免許ない」、「ペーパードライバーだし」とそれぞれがいうので、わたしがドライバーできるよと、鼻息荒く名乗り出る。どうやって仕事にするかとか、どこに個性を出してビジネスにするかとか、お金の話とか、そういう発想が大好きなわたしなので、身を乗り出してしまった。二人ともわたしの食いつき方にウケていたが、学ぶことがとにかく嫌いなわたしなので、そもそも論として、大人になっても何かを学ぼうとおもうその姿勢に、まず尊敬。そんな話をしていたら、「みもは昔からサーフィンが好きで、ミシンも好きで、好きなことがずっと変わらないね」と言われた。「『冬は寒いからやらないとか、そういうのはだめ。わたしは冬もウェット買って海入るよ!』って言ってたよね」と言われたが、己(おのれ)、全く記憶になし。今は歳も歳なので初夏から秋くらいまでしか海にはいらないけれど、確かに好きなものは変わらないみたいだ。ストライクゾーンがせまいので、「好き!」とおもうと結構しつこい。気に入ったら服も靴も、同じ形を色違いで購入、色褪せたら同じものを買う、そういう偏った買い物のスタイルも昔から。こども時代の友人に会うと、自分の特性を嫌でも知ることになる。変わろうと努力したり、憧れて人真似をしても、それがいかに徒労で終わるかがわかる。思考や行動、全ての癖、無意識に原点回帰を繰り返すのだろう。浴びてきた言葉、長く親しんできた風景に触れると、眠っていた何かを一瞬で呼び覚ますように。
店を出て、伊勢崎町を抜けて関内駅までのんびり歩く。ホームレスの人がちらりほらり。その横をゆったり歩く私たち。「ホームレスをこわいっていう人いるけど、見慣れて育ったからか全然こわくないんだよね。怒ってるホームレスも、たくさん見たよね〜」と友人が言った。そう言われて思い出したのは、ホームレスのおじさんの怒ったおおきな声とか浅黒い顔とか絡まった長い髪の毛。それらが一気に甦ってきた。続けて彼女は、「本当にやばいときってセンサーが働く」とも言っていた。もう一人の友人の「『東京の人なのに私服がダサい』って言われた」では一同爆笑。否めない現実。ゲラゲラ笑いながら関内駅に到着。伊勢崎町っていつきてもどこかが、誰かがやさぐれいて、それを享受している街の雰囲気が憎めない。というより、むしろ愛おしい。格好つけない生き方がほんとうに好きだ。はだかんぼうみたいな素直さ、正直さに勝る格好よさに、わたしはまだであったことがない。

2025/10/01

暇じゃだめですか?

 「最近のこどもは忙しすぎる」という言葉をよく耳にする。テレビでも、身近なところでも。事実、小学校にあがったあたりから塾や習い事に通う子が増えたのは実感としてあった。親は仕事があるのに学童にはいれないとか、習い事は早いうちからさせたほうがいいなど、理由も様々なところ。お財布事情もちがえば教育方針もさまざまなので、よそはよそ、みんなよしである。

娘はいっときピアノを習っていたが、あまり長続きしなかった。最初のうちは心が弾(はじ)けている様子だったが、ほどなくして惰性な雰囲気が発生したのを、わたしは見逃さなかった。「そういう気持ちでいくと、誰も幸せじゃないよ。先生もママもニモ(娘の名前)も」と言った。当時はお給料をもらっていたので、ママの時給がいくらでお月謝はいくら、やる気があるならいいけれど、ないなら無駄だからやめたほうがいい、それを先生にもちゃんと伝えるべきだと言った。娘が小学一年生か二年生の頃のはなし。程なくして、娘のお稽古はゼロになった。学校から帰ってくると、お菓子を食べ、ゴロゴロし、YouTubeをみたり、漫画を読んだり。夕方になると「お散歩にいこうかな」などと言う日は近所をぷらぷらして帰ってくる。春に中学校に上がったが、茶華道部がある日以外、娘は相変わらずにそんな放課後が続いていた。
この夏、本人の希望で家庭教師のような習い事がはじまった。算数が数学になり、わからないところが増えたようで、やばいとおもった様子だった。先生は幼馴染の男の子のおねえちゃん。先生が来るのではなく、娘が先生の家に行くスタイルの家庭教師。わたしもよく遊びにいく、正確にはよく呑みにいく馴染みの家。大学生のおねえさんは優秀で、娘以外に、弟と弟の幼馴染、合計3名を指導している。お支払いは先生にダイレクトでPayPay、日程は先生と娘がラインで決めている。ちょっと都合が悪いときは互いにリスケもできる。なんという現代なのか、ありがたいの極みである。
娘はあまり流されないタイプで、それがいいときもたくさんあるけれど、人の話がまったく耳にはいっていない様子もある。視界にもはいっていない感じで、時々尊敬すら覚える。あるとき、「まわりのおともだちは忙しいのに、こんなに暇なじぶんをどうおもっているのだろう」とおもったことがあった。それを問うと娘は、自分の時間が大切なのだとわたしに言った。自分の時間と、プライベートの時間の両方が必要なのだ、と。その違いはなんなのと聞くと、プライベートとは、学校以外で友人と遊んだりする、そういう時間のことだそう。それにも疲れる時があるから、自分の時間は別で必要なの、とのことだった。今朝も「学校からかえってきて、家でハイキュー(最近ハマっているアニメ)みて、お菓子食べたりする時間がだいすき」だと言っていた。
大人になるとけっこう忙しい。そのことを大人になって知ったわたしは、「暇はこどもの特権だから存分に味わったらいいよ」なんて偉そうな顔していうのだけれど、さてここで問題です。わたくしは忙しいのでしょうか。縫製の仕事は波もあるし、納品が済めば時間は増え、「あれ、今わたしって暇?」なんてときは正直なところ、あるあるである。わたし自身も娘に対抗するほど暇な学生時代を過ごしたので、なんとなく、この時間には慣れている。いいのかわるいのか。強みなのか、弱みなのか。しかし、どんな弱みもじぶんで強みにするのが人生の術なので、今日もわたしはやるんです。そしておもうのです。この時間をどう変えていくのか。暇から生まれる物語、暇から生まれるものづくり。「余暇(よか)」と辞書で調べると「余ったひまな時間。仕事の合間などの自由に使える時間」とあった。さてさて、今日はどんなふうに。