2026/01/30

ホッとなんてできない

 修理品の受け渡しは、材木座の<ミル・コーヒー・スタンド>がおおい。女性の店主が切り盛りされている。スタッフの方も、ちらりほらり。店主はこちらをほうっておいてくれるというか、静かなたたづまいがとても感じよく、居心地がよい。会話がなくても、目があわなくても、神経をはりめぐらせて気を配っているのが、空気でわかる。コーヒーも抜群においしいし、器もかわいい。ちかくにあって、朝からやっている、とてもありがたいお店だ。去年のこと。ある日、店主がデニムのリペアを依頼してくれた。仕事の話などしたことなかったが、修理品の受け渡しをする姿を、何度も見ていたのだろう、じんわりうれしかった。何年も前から足を運んでいるけれど、会話を交わすようになったのはこの1年くらい。だけれど、数年前に店の本棚にわたしの著書『Sunny Side』が置いてあるのを発見し、あの日からずっと「絶対にいい人だわ!」と心の底からおもっていた。日々、じぶんの居場所を守り、大変に決まっているのにたんたんとした様子で店を開けいる人たちを心から尊敬する。その二本足で踏ん張る強さ、心の強さ、あけていない時間の仕事の丁寧さ、それらすべてがお店の空気にきちんとあらわれる。

修理品をうけ渡すときは、堂々とわたす。強がっているのではなく、精一杯やったし、お金もいただくし、プロだから。それでも、お客様とわかれて一人になると「もっとできたんじゃないか」、「次はもっとうまくなりたい」と、たいていおもう。後悔ともちがう、反省ともちがう、悔しさともちがう、言葉にし難い気持ちがわくのだ。今できるベストを尽くすことしかできないが、これが最高だとはいつもおもわないし、もっと先があるはずと、そんな気持ちになる。「仕事はやいね!」とたいてい言ってもらうが、それは確かにそうだろう。はやく着たいんじゃないかなとおもってしまう(じぶんならそうだから)し、あまり待たせたくない。待たせる場合は受付をとめる。のんびりしているように思われるけれど、すごくせっかちなのだ。
タイパンツも修理の仕事も、これが仕事になるなんておもってなかった。今でもずっと安定なんてないし、毎日があぶなっかしい。それでもここまで、お客様が自分を育ててくれた。じぶんのための縫いものだったら、もっと適当に縫う。奮い立たせて頑張ることがだいきらいだから、ずっとコンフォートゾーンにいただろう。でも、タイパンツほしいとか、こんな修理はできますか? なんて言われると、おもっていたよりも真面目なじぶんが顔を出す。ちゃんと縫おうとか、本で調べてみようとか、YouTubeでテクニックを学んでみようとか、そんな感じで向き合う。これまでながく「できない」だから「逃げる」、次のイージーな道はなにかなって生きてきたけれど。仕事を頼んでくれる人たち、タイパンツを買ってくれるお客様が、わたしをここまで運んでくれた。「できない」ってスタートも、あんがい悪くないのかもしれない。自信、経験、勉強、その三つを、今、ゆっくりゆっくり、積み重ねている。こどもが積み木をつかんで、慎重に重ねていくようなペースで。くずれたっていい。そうしたら、またいちからつみ重ねていくから。

2026/01/28

Put Love, Love, Love In It

 さっき朝だったのに、気がつくと陽が沈んでいる。この間お正月だったのに、もうすぐ2月。びっくりである。没頭すると、他のことがとまってしまう。この性分を、わたしが愛(め)でずに誰が愛でるのか。愛して生きてはいるけれど。

昨秋からシャツを縫うことに挑戦していて、時間があればずっと縫っている。基本をすっとばしてタイパンツに没頭してきたので、襟とか袖とか、「へー」という感じでいちいちおもしろい。縫い方の手順もわからないレベルなので、本を読んで、付属された通りのパターンでいちどは縫う。じぶんの好きな形というのが頭の中にはっきりあるのだが、仕上がったそれは、たいてい好みとはちがう。なので、すぐにほどいてしまう。そんな調子なので、めちゃくちゃ時間がかかるというわけだが、奥深くてたのしい。
襟はオープンカラーやスタンドカラーがすき。じぶんの好きなスタイルは、まず感じ(雰囲気)がよく、風がふわっとはらむ感じ、装飾を削ぎ落としたシンプルなもの、動きをじゃましないものがすきと、結局はタイパンツとおなじようなものを求めてしまう。そういう暮らしをしているし、動きを制限されることに、身体的にも精神的にも強くストレスを感じてしまうのだ。自由がすきというよりは、窮屈なことが苦手。夏になると毎年忙しくなるので、時間のある今こそできる学びを深めて、縫えるものは今のうちに縫って、夏を迎えたい。納得ができたら初夏くらいにどこかで展示会をしたいけれど、おもい浮かぶ場所もないし、いまいちイメージがわかない。そのうちみえてくるのかもしれないので、焦らずにゆく。今は目の前のことだけを。
修理などのご依頼も含めて、自分はとにかく手を動かすことが仕事なので、話をうかがって、いただいた仕事は一生懸命に手と心を動かしている。ジョン・ストッダートというアーティストの「プット・ラブ・ラブ・ラブ・イン・イット」という曲がある。イントロからやさしくて歌声があまくて、とてもすきなナンバー。じぶんの仕事も、こんなタイトルのような気持ちでありたい。語るよりもおおくの言葉を、ミシンを通じて伝えたいし、そこに愛を注ぎたい。
まず持って、暮らしが大事。そういう性分というのもおおきいけれど、何かを犠牲にしてまでたくさん縫えない。ちゃんと寝たいし、遊びたいし、ゆっくりしたい。あったかくなったら波乗りもたくさんしたい、ヨットも、素潜りも。お金もほしいけれど、ないこともないし、とりあえずは暮らせている。今の幸せなバランスを崩してまで手にしたいものは、今のところ、みあたらない。じぶんができる仕事と、時間は限られているのだ。だからこそ、縁があってじぶんが関わる仕事は、なるべくその先の人が豊かで幸せでありますようにと、愛をそそぐのみ。働くとか生きるとか、ぐるぐる考えて答えを探していた日々もたしかにあったけれど、削ぎ落としていくと、とてもシンプルなことなのかもしれない。とおくのいつかより、ちかくのいま。効率の悪さとか、成果のでないことに向き合う時間にしか学べないもの、見つめられないものが確かにあって、わたしは今、そんな流れに身を委ねている。