2026/06/30

プロの仕事とは

 ワールドカップ優勝の夢が、ついにやぶれてしまった。日本選手の健闘、ほんとうに素晴らしかった。サッカー少女だったので、今でもサッカーを見るとつい熱くなってしまう。昨夜も計画通り20時に寝て2時に起床、試合後の4時から6時まで二度寝たので、寝不足もなし。家族に「うるさい!」と言われても無視して熱狂した。本当にお疲れ様でした。ありがとう! イケメン揃いでサッカーも上手くて語学も堪能で、日本の若者は最強であります。

昨日のこと。朝、車に板を積んでいたら近所のKさんも板を積んでいて、「七里にいくけどいく?」と声をかけてくれた。一瞬迷ったけれど「帰って仕事するから、さっとひとりでいきます」と答えた。「への字」というポイントにいくというので、それはどこですか?と聞いたら、七里の東側あたりを言うそうだ。空いてていいよ、と言っていた。湘南に数あるサーフポイントの名前とかほんとに全然知らないので、各ポイントにお邪魔しながら、もうすこし覚えたい。「水を持っていくのが面倒だから、シャワーがあるポイントを選びがちなんですよね」と言うと、Kさんは笑っていた。「このくらいのタンクの半分でも平気だよ」と、ちいさなタンクを見せてくれた。わたしも持っているサイズのものだった。確かにそうだ。シャワーばかり気にしていたら、世界が狭くなっちゃうかもしれない。自分で狭くしているってことになる。
Kさんはサーフショップを営んでいて、今年で50周年だったはず。50周年、気の遠くなる数字を成し遂げていることが素晴らしい。ソフトでメローなおじさまで、威圧感がマイナスくらいにない人。一度だけご自宅にお邪魔したことがあるけれど、難しそうな文学書がたくさん本棚に並んでいた。確か、日芸を出ていると人から聞いたような気がする。オシャレさんでもあって、いつもお召しものが素敵。

車を走らせながら材木座、由比ヶ浜、七里、鵠沼と波チェックしていてなんとなく走り続けてしまい、結局茅ヶ崎まで足を伸ばした。昨日は友人が教えてくれた「西浜」と言うポイントへ。波が小さくて厚いのもあったけれど全然乗れなくて、もっと長い板に乗りたい欲も出ちゃうほどだった。でも、今の車に7.7ftがいい感じに収まるし、海から上がって板を持つと、これ以上長い板はやっぱり辛いからこれでいいんだ、とおもい直す。
茅ヶ崎や鵠沼はビーチが縦も横も広くて長い。だからだろう、由比ヶ浜に比べると開放感がすごくある感じがする。宮崎だったら木崎浜とか、サンタモニカのビーチとか、そういうロングビーチに形状が似ていて、ふっとその場所を思い出させる。1時間ちょっと入って、戻って自宅でお昼を食べて、午後は布選びのアテンド。事前に下見をしてあったので、先方が喜ぶであろう生地、色、仕上がりのイメージを伝えたりしつつ一緒に選ぶ。選んでもらった生地をバトンのように受け渡してもらい、ここから先はわたしが仕上げてゆく。完全なオーダーメイドの仕事の場合、お互いのミスコミュニケーションがないように、冒頭の部分をきっちりナビゲートするのもプロの仕事だと思っている。
縫製業と一言で言っても、工場でずっとシャツを縫う人もいれば、わたしのように流動的な人もいて、十人十色。某アウトドアブランドの修理部に七年はいたが、精神面はともかく、技術面では修行という修行もしてこなかった。縫製業を生業にしているけれど、道なき道を切り開いての今なので、いつも視界は決して、良好じゃない。人とつるんだりするのがとても苦手だし、負けたくないとか、技術を盗みたいとか、そういう積極性もない。そこが長所であり、同時に短所でもあるのは自分が一番よく知っている。でも性格だから、しょうがない。できるだけ自分で考えて、自分で決断して、時をつみ重ねていきたい。だから、やるしかないのだ。やるのみ。



2026/06/28

レット・ミー・ゲット・マイ・コピー

 娘のご指名で、某公立高校の文化祭の付き添い。文化祭はおともだちと行くことがほとんどの娘だが、今回は「ママがちょうどいいの」とのことで代表入りを果たした。あざーっす。夫はベンチ入りで、送迎係。朝から気合いを入れて向かったが、思いの外あっという間に気が済んだようで、短時間で終了。帰宅してからはずっと仕事。昨日も終日仕事。波もあるけれど、週末しか入れない人もおおいとおもうので、ずっとミシンを踏んでいた。
いろんな仕事の声をかけてもらって、本当にありがたい今日この頃。なるべく断らないようにと心がけているのだが、夏はどうしても多忙になってしまう。テトリスのようにスケジュールを組み立ててはみたが、どうしてもむつかしいので、お断りのラインなどを送ったり。申し訳ないような、また誘ってもらえるかな、という気持ちも入り混じったりして。自分でトッププライオリティを決めていくしかないので、こればっかりはしょうがない。


「おなじ感覚でミシンを踏める人がいたらなあ」とおもう時がある。そんなことを自営業の友人に話すと「個人事業主はみんなじぶんのコピーが欲しいといってるよ」と言われた。わたしの場合は、もっと上手にはやく縫える人はこの世にたくさんいて、そういう人に縫製をお願いしたら、きっと色々なことが劇的に良くなるような気もする。一方で、自分は上手ではないので、裁断、縫製とステップをふむことで、少しづつ、数ミリ単位でづれてていくことがどうしてもあって、そこの帳尻を合わせながらミシンと呼吸を合わせて、仕立てていく。言葉にすると難しいが、そんな独特な感覚があって、そこの部分は、言葉で説明ができない。例えばだけれど、料理なら野菜のカットの仕方とか、修理ならダメージ部分を削る塩梅だとか、そういうわずかな部分がきっと無限に、無数にあるのが手仕事。人の手から生まれる仕事を継承するのは本当に難しいと感じる。相手が日本人でも、日本語なんてきっとぜんぜん通じない。
じぶんの得意な仕事は圧倒的に仕入れと、デザイン、接客、販売。それは自分が一番よくわかっている。縫製は、正直一番最後の方なのだろうけれど、でも作る難しさ、楽しさ、苦しさ、みたいなものを作家として知っていたい。どんどんつくってバンバン売る、みたいなことも自分には違うとわかっているから、この生き方を選んでいるつもり。縫製の上手い下手だけで見られたら、もう絶対に土俵にはあがれないし、間違いなく戦力外通告される。自分には、自分らしさ、しかない。
だからきっと、『その人らしさ』みたいなところにいつも、価値を置いているのだろう。すごく接客の上手な人とか、見せ方の上手な人、人気店とかも素晴らしいって、本当におもう。経済を回しているから。けれど、じぶんはクセ強な店主とか、目も合わせてくれないお店とか、常識は逸脱しているけれど誠実、みたいな人をいつも応援している。うまくできない大人、みたいな人は世の中にびっくりするくらいいっぱいる。スポットライトが当たっていないだけ。当たってないけど、いつも一生懸命、みたいな人が好きだ。目立たないから、たくさんは出会わないけれど、出会ったら、ずっと好きでいることがおおい。自分も、そんなふうに生きられたらとおもう。人生は短いから、みんなに好かれなくても良い。たくさんの知らない人と、繋がれなくてもいい。大好きな人に、わたしもあなたの生き方、働き方、仕事の仕方が好きだよって思ってもらえるような生き方をしたい。そういうことを確認したくて、わたしはきっとミシンを踏んでいる。全然得意じゃない。わかっている。でも好き。だって誰かが喜んでくれるかもしれないから。そんな気持ちに、いつもわたしは、ほだされて、突き動かされて。じぶんをおだてて、また今日も、調子に乗っちゃって。

2026/06/27

じぶん、小さいんです

おもっていたより静かな台風に、ホッと胸を撫で下ろしている土曜日。本当に大変なときは、車も水没しかねないので内陸のコインパーキングに移動させる。そのくらい、危機感を持ってこの場所に住んでいる。台風には毎回ドキドキさせられるのだ。
2009年にタイパンツをはじめてぬったとき、自分にとってのロング丈は世の中のロングではないみたいだ、ということを知った。あれから17年の月日が経って、シャツをつくっている今、うっかりまた同じことをしちゃっている。自分にとってのジャストサイズは、「こども服?」と聞かれるサイズみたいだと、先月の<BRANDIN>で学んだ。そんなわけで、開衿シャツは人並みサイズ用にリサイズするべく、再度取組み中。シャツのパターンは、洋裁の学びがない自分にはめちゃくちゃ難しいので、アウトラインを伝えて、あとは信頼しているKちゃんにひいてもらっている。Kちゃんは紳士服の学びがあることもおおきいが、まず持って人柄がすき。「みもさんらしさ」という言葉をよく使ってくれるように、わたしのことをよく理解してくれているので、ありがたい。謙虚で、真面目で、静かで、自分と全然違う。彼女のことを、敬意を込めて「テーラー」と呼んでいる。
シャツはとても奥深い。例えば、第一ボタンの位置を数センチ変えるだけで、ガラッと印象が変わる。詰めてしまうと「優等生なの?」って感じになる。反対にあきすぎると、かがんだときに胸が見えそうになる。年齢的にも、胸元が見えすぎると清潔感がそこなわれるように感じるし、むずかしい。だからおもしろい。ボタンの位置は、単純なセンチの数値だけではなく、身頃の幅も影響してくるし、体型も関係してくる。いくつものレイヤーが重なりあって、風をはらませ、ヨットのセイルのような、心地のいいものを目指したい。
そんなことを細かく観察しながら、着心地をプロダクトテストしていたらもう夏はすぐそこ。「今年のリリースは無理かもな〜」とか、あっさりおもっちゃってる。お洋服は慌てて作る必要などどこにもないし、世の中、シャツは死ぬほど売っている。じぶんのベストをじっくり模索したい。そうして気に入ったかたちができたら、永遠に縫い続ければいい。タイパンツもそうやって17年やってきたんだから、それでいいのだ。
男性の開衿シャツも奥深く、スリットがあったら格好いいかもとか、それはどのくらいのスリットなのとか、襟のサイズ感はどうなんだとか、サイズは3つくらいあるといいのかなとか、研究したい箇所がおおすぎる。男性がシャツを着ているの、なんか妙にかっこいいですよね。Tシャツもいいけれど、別物ですね。
オタクなので、ひとつのことに熱狂すると、他のことが止まってしまう。とにかくシンプルなものが好きで、ポケットも、できるだけ少ないものが好きだ。ポケットは、そこにものを入れるとお洋服のシルエットが崩れるから、どうも躊躇してしまう。でも、男性のジャケットのポケチーフは別、あれはものすごくすき。オシャレの極みであります。さて、午後もミシンをがんばろう。曇っていても、わたしの心は負け知らず。

2026/06/26

ママはぶりっ子?

いつでも海に入れるように、下着の代わりに水着を着てからお洋服を着て、仕事をしながらサッカー観戦。試合は無事引き分け。さて、とおもったら風が吹いてきてしまい、海はだめ。やはり昨日入るべきだった。そういうこともあるのがサーフィンなので、切り替えてミシンを踏む。
先日<RADWINPS>のライブ映像をNetflixで観た。娘の影響で聴くようになったアーティスト。今日もアップルミュージックでランダムに流していたら、「あ、いい曲」とおもったものが「ラストバージン」だった。昨日、娘が「はまって聴いてるの〜」と言っていた曲。娘とは音楽の趣味が合う。お互いに好きな曲、イントロ、歌詞、間奏などなど、「ここがいいよね〜」と語るのが好きだ。この曲も間奏がめちゃくちゃ格好いい。きっとここが好きなんじゃないかな? ちなみに「そっけない」という曲もいい。体と脳みそがしびれるくらいに、すごくいい。頭の中身が中学生な49歳なので、「10代に戻って恋愛したい!」となって、狂ったようにリプレイしてしまう。文章を書くものとして、妄想は仕事の一つ。

わたしが不在だった先日の月曜日の夜、娘がいつもリアタイで観ている『今日、好きになりました。』というAbema TVをみていたときのことらしい。「こういう女の子はだめ」とか「この子、いい子なのに〜」とか、毎週テレビに向かってご意見を言いまくっているのはいつものこと。
わたしが男子二人と外で呑んでいたその晩、「ママってさ、男の子のお友達が多いのはぶりっ子枠(わく)なのかな」と夫に言っていたらしい。笑 翌日、夫が夕飯時にそれを教えてくれた。「えー。ぶりっ子? 意識したことなかったなあ」と言うと「あらまあ」と娘。「『あらまあ』だって!」と夫がわらう。「でも、ママってなんかかわいいんだよね」と娘。娘は、よく「かわいい」と言ってくれる。とても嬉しいことだけど、『ぶりっ子』だと少し話は変わってくる。「『かわいこぶりっ子』じゃなくて、もしかして、ママってほんとにかわいいんじゃない?」とわたし。そんなくだらない会話をしながら、夕飯を食べながらビールを呑んだ。「友達って、女の子もいいけれど、男の子もいいよね。単純明快でシンプルだから」という話を自分からよくする娘なのに、どこからママはぶりっ子疑惑が出てきたのだろう。Abema TVの恋愛リアリティ番組を見過ぎなのかもしれない。
ぶりっ子は、果たしてタイパンツを穿くのか。スカートの方が良くないだろうか? ぶりっ子はサーフィンするのでしょうか? やめたほうがいい。だって色黒のぶりっ子。ビールが好きなぶりっ子。49歳のぶりっ子、書けば書くほどに怖いですね。ホラーですね。そんなことより、怖いのは明日の台風であります。お願いだから、お手柔らかに通過して。

2026/06/24

誰に、誰と、誰のために

仕事のひとつに「ことりさん、こういう人を知らない?」というのがときどきある。業者さんだったり、作家さんだったり、まあ、いろいろ。昨日もそんな依頼があって、朝からアテンド。直接的にわたしが関わることはないけれど、顔合わせの冒頭の部分だけ。
こういう仕事は自分の利益になるわけではないけれど、そういうことはあまり気にしない。たいして時間がかかるわけではないし、セッティングしたら、あとは双方の気が合って、お互いの条件が良ければ話は進むはず。身近で困っている人がいたら助けたいし、本当に困ったときは、わたしもきっと「助けてください」というだろう。
最近つくづく思うが、仕事とは時間を切り売りしているわけで、自分の時間を誰に、誰と、あるいは誰のために注ぎたいか、それが全てなのだ。ものすごく利益率のいい仕事や、ギャラがいい仕事ももちろん大事だけれど、そればかりだと自分はすり減ってしまう。「やばい!」って感じで金銭的に厳しくなったら、そのときにできる仕事を必死に頑張ってなんとか工面するしかない。カットするしかない部分は、どうしたってカットするしか数字が合わなくなるので、悩まずにカットする。迷っている暇などございません。そういうことは、ギャラリー運営のときにたくさん学んだ。数字に強いほうではないけれど「苦手で〜」なんて言っていたらマジで船が沈没するので、必死に舵を取るしかない。
以前、あるフリーランスの方から「仕事をやる条件は3つ。一緒に働く人が好きか、その仕事がおもしろそうと思えるか、ギャラがめちゃくちゃいいか。そのどれにも引っかからない場合は断る」と言っていた。当時20代だったわたしは「へー」くらいにおもったが、今は分かりみが深い。その方から言われて忘れらないもうひとつは「ただでさえ信用のないフリーランス。作れる信用は作ること。それは時間とお金だよ」と言われた。時間を守ること、清算や支払いなどを決して遅らせないこと、という意味。ずっと守っているつもりだけど、それでも、社会的な信用が低いのが個人事業主というもので、ときどき、お酒を呑んでやさぐれたくなっちゃうときがある。でも、しょうがない。自分なりに頑張ってはみたけれど、会社員の道では生きられなかった。だから、そこはバチっと受けとめるしかない。やさぐれても、翌日には前を向いて生きていくと決めている。なにより、今の生き方が好きだ。たくさん転職してきたけれど、これまでのどの時間より、どの仕事より、今の自分の働き方をこのんでいる。やさぐれるところまでがワンセットで、それも含めて、きっとあっているんだとおもう。
昨日、夕方は別の打ち合わせがあって、こっちは縫製の仕事。まあまあなプレッシャーの依頼だけど、たぶん、乗り越えられる気がする。もう一段でいいから、階段をのぼって、自信をつけたい。自分、本日も頑張るのみであります。

2026/06/23

褒めあって、笑いあっていたい

 ほんとうに楽しかったときって、たいていはカメラロールに写真がない。「写真撮っておこ」っていう意識が、頭から抜け落ちちゃうのかもしれない。いつか見返すときのためよりも、誰かに見せるためよりも、今この瞬間がたのしいってなるんだとおもう。昨日もそういう夜だった。
父がお世話になっているのは新宿区の施設で、おおきく体調を崩したときは、区内の大きな病院に搬送される。昨日はその退院の日で、朝から東京へ。退院手続きなどなど。施設の方も来てくださっていて、わたしも一緒に送迎車に同乗させてもらった。ケアマネージャーという肩書きの施設の男性は、わたしと同世代だった。とても雰囲気の良い格好いい人で、どうしてこのお仕事を選んだのかとかを聞いたりしていたら、あっという間に父の施設に到着。皆さんが暖かく迎え入れてくれて、パパよかったねとあったかい気持ちだ。「ことりさんて褒め上手なんですよ」と、一人の女性スタッフが教えてくれた。「いいねえ」「上手だねえ」とかよく言ってくれるそうだ。そういうことが聞けて、じんわり嬉しかった。父の部屋に置いてあるレコードプレーヤーの横からレコードを選んで、ジャケットを入れ替えて、施設を後にした。バスで、閉店間近の『DUG』へ行ったが長蛇の列だったのであきらめて、世界堂本店とオカダヤ本店をじっくりみて、早い夕方から辻堂へ。
昨日はロガーの末綱さんとフィルソンズの山森さんとわたし、三人で呑み会。その昔、一緒の会社で働いていたという二人は先輩と後輩らしい。その名残は少ないけれど、彷彿させるものは確かにあって、それが、なんだかとてもよかった。そして、二人ともめちゃくちゃお酒を呑む人だということがわかった。笑っているうちに、目の前はビール、ボトルの白ワイン、別のボトルのオレンジっぽいワインと、グラスが三つになっちゃってた。呑むことを『部活』と呼んでいるわたしにとって、昨晩の遠征試合の相手は強豪校であった。まあまあな千鳥足で帰宅。
先輩は後輩がだいすきで、後輩も先輩がだいすき、というキャッチボールが延々に続く微笑ましさ。後輩の真面目な話に、想像の斜め上をいく返答をする先輩に爆笑したりして。男子っていいねえ、ちょっとバカなところが最高だねって感じだった。ほんと、笑いが止まらなかった。5時から呑んで、最初は7時に帰るつもりが、まさかの9時を過ぎていた。途中、わたしが着ていた既製品のシャツも褒めてくれて、昨日は褒め合う会だったのかもしれない。わたしは親譲りで、すごく人を褒めるほうだとおもう。そうやって育ったから、割とそれがスタンダードなのだけど、昨日の二人もそんな感じで、普通に褒めあっていた。褒められて嫌な気持ちになる人はいないし、人が褒められているのを聞いているのもまた、気持ちがいい。こういう人をこの世に産んでくれた、きっと会うことがない彼らのお母さんたちにもありがとうございますって、途中ふっと、おもった。男の子を産んだり、育てたり、ちょっとしてみたかったな。最近よくそう思うのは、きっと優しい男性がまわりにおおいからだとおもう。
ばかだねっていいながら、わたしたち女子は笑っていたい。男子はずっと、ばかでいてほしい。賢くなんてならなくていい。優しいばかがいちばん。ねえ、これって褒めているんだよ。

2026/06/22

わたしの好きなひと

「なんか」とか「なんとなく」という気持ちを大切にしている。理由なんてあとからわかることだから、探さない。土曜日はお取引先の方と鎌倉駅で待ち合わせ。どんな顔だったかな、と思いながら人混みの中を探した。数年前から、メールや電話は何度かやりとりをしたことがあったが、お会いしたのは一度だけ。そのとき、この人やっぱり好きだな、とおもった。ごはんを食べてお茶をして、たくさん話をして、その理由がわかった気がした。仕事の向き合い方、プライベートの過ごし方、家族のこと、たくさん学ぶ点があった。またきっと、次は東京で会うとおもう。
昨日は夏至、結婚記念日でもある。長く陽があたるような結婚生活が続きますように、そう願いを込めてこの日を選んだ。22年前は、両親も若く元気で、ハワイ島のちいさな教会で式を挙げた。叔母もカリフォルニアからきてくれた。あれから長い月日が経って、昨日、夫は朝から猛然と私のクローゼットをキレイにしていた。たたみ方、しまい方、そのすべてが夫から見たらメタメタらしく、やや半ギレで片していたけど、こちらは無視。どうせすぐに元通りなってしまうのに、夫はそれを我慢できない。
午後はワールドカップの観戦をし、わたしはその後波チェック、夫はその間もビールを呑みつつ家事をしまくっていた。わたしは家事が苦手なので、ほんとうに感謝している。イラチだし、頑固だけれど、家族をとても大切にしてくれるし、言葉と行動に、いつも嘘がない。
夫にはじめてあったとき、彼は人生の沼のようなところにいた。若くして両親を亡くしている夫は、憧れていた東京にきて、大学を出て就職したが仕事も暮らしも上手くいかずに3年で辞めて、暗い海底から空を見ているような感じだった。なのに心は腐ってなくて、目の綺麗な人で、ものすごくいい感じだな、この人と結婚するかもな、とおもった。わたしは20歳、夫は26歳だった。結婚相手の条件、なんて人生で考えたことはないけれど、一般的にはだいぶ厳しい条件だった夫を「いいな」と思ったわたしの直感は、間違いなかったと言っていいだろう。それ以上に、わたしと夫のキーパーソンはなんと言っても父。わたしは揉め事がきらいなタイプだから、もし、親に反対されたりしたら、きっとお付き合いをやめていたとおもう。間違いなく、そうおもう。「パパ、今付き合ってるひとが26歳なんだけど、無職なんだよね。いい人だから、なんか仕事を紹介してもらえない?」といったわたしに、「俺に合わせてみ。俺が見てやるよ、俺は見る目があるからね」といって、父はすぐにセッティングしてくれた。高田馬場に当時あったダイカンプラザホテルのロビーで、確か夫と父は、2人で顔を合わせたはず。帰宅した父は「あいつ、悪くない。なかなかいいよ」といって、段取りよく、友人の会社に送り込んでくれたのだった。
わたしと父は、すごく似ている。昔は、人からそう言われるたびに、それがイヤでイヤでしょうがなかった。大人になって父のことを振り返るたび、父に似ていることは、私の誇り。いま、父に会うべく都内に向かっている。体調を崩してしばらく入院していた父の、今日は退院日。わたしは父に似て惚れっぽいし、すきな人がたくさんいる。わたしの好きなひと、ずっと好きなひと、それはもちろん、パパもそのひとりであることに、間違いない。

2026/06/20

土地に挨拶をするとは

 出先の娘から「いい文章だった」とラインが来た。「ブログのこと?」と返すとそうだという。嬉しくて天にも昇る気持ちの夕方、思わず缶ビールをプシュっとあけた。褒めてくれる日があれば、静観している日もあって、「あ、今日はイマイチだったんだな・・・」なんておもう。「いつもいつもイイねをくれない人の方が信用できる」と、SNSのフォロワーがおおい友人が言っていたが、あれは確かな気がする。
昨日は、修理を頼んでくれていた<PHILSON'S SHOE REPAIR>の山森さんのところへ納品へ。テーパードのパンツの裾を1センチくらいでもいいから広げたい、というリクエストだった。ブーツや靴のシルエットによって、裾が引っかかったり上がったりして、わずかにイラッとする感じがあるのかもしれない。日頃から、店構えや着ている作業着の感じ、山森さんはいつもシンプルだけどオシャレな印象で、お預かりしたパンツもなるほど、とても感じのいいものだった。修理内容は難しそうだけど面白そうだとおもったし、何よりも頼んでくれたことが嬉しかったので、修理させてもらった。気に入ってもらえたみたいで、本当に良かった。安心した。そのまま134をドライブして茅ヶ崎へいき、サーフィン。
<BRANDIN>での活動が始まって、ご挨拶に海にも入ろうとおもっていて、やっと。若い頃から、国内でサーフトリップにいくとその土地の海、お風呂、お酒を呑んではじめて「おじゃまします」がコンプリートする、という信条をもっている。茅ヶ崎のお風呂は入ったことがあるけど、海は20年くらい前に一度入ったくらいで、本当に久しぶり。茅ヶ崎で波乗りをする友人にざっくりポイントを聞いて、昨日はそこへ。ここが教えてもらった「西浜」だろうとおもい込んで入ったところは「カボチャ」という呼び名の、隣のポイントだとあとで判明した。人も少なめで結構乗れたし、十分満足したけれど、次回は西浜にも入ってみようとおもう。楽しみが増えた。
帰りに用事があって<BRANDIN>へ。宮治さん(旦那様のほう)に質問とご相談のため。宮治さんは、用事で静岡から帰ってきたばかりだと言っていた。心地の良さそうな赤いアロハシャツを着てオールバックみたいに髪をビシっと決めておられ、いつもの2割り増しくらい、めちゃくちゃ貫禄があった。いつお会いしても似合うものをお召しで、なんだろう、真似ができない雰囲気がある。サイズ感と色の選び方が絶妙なのかも。先日はグレーのボーリングシャツのようなものをお召しだった。あれも素敵だった。なんというか、そこにいるだけで凄みが凄いのだが、話すとめちゃくちゃフレンドリーで、そのギャップの魅力がものすごい。笑顔の破壊力もすごい。「破顔一笑(はがんいっしょう」と、テロップが見えるくらいだ。「すごい」を連発してしまうのだが、他に言葉がみつからない。どこで出会って、どういう恋愛をしてひろみさんと結婚されたのか、そのうち聞いてみたい。お嬢様がお一人おられるのだが、わたし自身に娘が生まれて以来、宮治ファミリーはずっとわたしの理想とする家族像で、憧れている。こんな形でお付き合いができるようになって、感無量。さて、今日はお取引先の方が鎌倉にやってくるのでアテンド。曇っているけど心は快晴のわたしは、梅雨なんてしらない。皆さんも素敵なサタデーを。



2026/06/19

人生は苦しいことがほとんどだから

 夫には万年反抗期だけど、娘には素直なわたし。「ママのブログ、ウェブサイトまで見にいくのは忘れちゃうよ〜」と言われてすぐ、ストーリーズのリンクに変えた。娘のことがだいすきだ。冷静と情熱の間で意見をくれるし、見た目もとてもタイプ。娘に限らず、若い子の意見も素直に聞ける大人でいたい。若い人の意見は、経験の浅さは否めないが、やはり前衛的に感じることがおおい。もちろんそれが全てではないが、「昔は良かった」なんて頭でいると、すぐに化石になってしまう。変化についていけず、動けなくなって、体も重くなっていくだろう。「違う!」とおもったら「お世話になりました」と一礼して、こちらがその場を離れるしかない。それをきっと、潮時(しおどき)と呼ぶのだろう。
昨日、仕事の息抜きに友人と<POMPON CAKES GARE>へ。オーナーの立道嶺央(たてみち・れお)くんもいた。先日、人づてにわたしてもらった『BETTER DAYS』の感想をくれて、<BRANDIN>にもぜひ行きたいと伝えてくれた。会うと、度々文章の感想をくれるレオくん。「良かった」「ちゃんと読んだ」みたいな、アウトラインを伝えてくれる感じがスタイルで、とにかくとてもうれしい。励みになる。昨日は展示の設営作業をしていた様子で、懐かしい気持ちで眺めていた。あの作業、結構好きだった。
ギャラリーをしているとき、とにかくよく「楽しそうでいいね」、「好きなことだけしていていいね」と言われた。「家賃は払ってないんでしょ」と言われたときは、「じゃあ誰が払うんだよ、お前が払ってくれよ」と言いそうになった。いつも「楽しそう」と言われる。「スポーツ万能そう」もよく言われる。人生なんて、苦しいことがほとんど。みんなそうでしょ。だから楽しいことをするわけで、人が見ているものなんて、見たいようにしか見ていないのだ。スポーツだって全然万能じゃないけど、どこにいっても絶対に言われるので、これはもう諦めている。「旦那さんがいるからいいよね」も何度も言われてきた。夫は誠実で正直でいい人。故にお世辞も建前もない人で、鬼のように厳しい一面がある。だからこちらは万年反抗期なのだ。今の車を買うときも、「2ドアがいい!」というわたしに「それはないね」と夫がいうので、「社用車としてわたしがじぶんで買う!」と言って自腹を切った。「優しい旦那様がいて、好きなことしてていいわね」は、半分はそうだが、半分はちがう。決断と覚悟の繰り返し、夫婦といえども元々は他人なのだ。ぶつかったり歩み寄ったりしながら暮らしている。
人は誤解と妄想をする生き者、ということをギャラリー運営で知った。もうひとつ、楽しそうな人ほどめちゃくちゃ働いている、というのも知ったことのひとつ。そして、めちゃくちゃしんどいうことをしている。よーく見ないとわからないけど、ある日、それがわかる時がくる。自分の場合は、しんどいことを経験して、はじめてそれを理解した。誤解と妄想をして人を羨んでいる暇は、人生になし。そんな暇があったら、今日もわたしは全力で、今日を。



2026/06/18

渡り鳥のような

 わたしをこんなに酔わせたのは、誰なの?
そう聞きたいくらい、二日酔いのようなだるさ。昨日はお客様にお誘いいただいて、野毛の焼鳥屋へ。修理品を気に入ってくださったのか、まだまだお願いしたいものがあると言ってくれて、ほっと胸を撫で下ろした。連れていってくださったお店は開店の4時でほとんど満席になるようなお店だった。明るいうちから呑み、まだ明るいうちに帰ってくるような優等生で、たいして呑んでいないのになんでだろうとおもっていたら、生理になった。今朝は夫を車で駅まで送ったあと、ベッドでゴロゴロしながら、「パンがあるから焼いて、スープもあるから。あとは適当によろしく〜」と言って、二度寝していたら、「ママー。送ってー」と言われて、気合いで起きる。本調子ではないけれど、良妻賢母なので夫と娘を車で送迎、そんないつもの雨の朝。
「SHISYAMO」というガールズバンドをよく聴いている、もちろん娘の影響だ。ギター・ベース・ドラムの3ピースバンドなのだがめちゃくちゃ格好良くて、どの曲もほんとうに秀逸で、痺れてしまう。今朝も娘を送りながら爆音で流していた。彼女ができた男の子が、うれしくてうれしくてみんなに言いふらしたくてしょうがない、みたいな歌詞の「僕に彼女ができたんだ」という曲を聴いていたら「全男子にこんな気持ちでいてほしいよね!」と娘がいうので「本当にそうだよね!」と応える。「こんなふうにおもってもらえたら彼女は幸せだよね、浮気とかいちばん最悪だよねー、中途半端な人が一番きらい!」とかいうので「本当だよねー!ママも!好きな人できたら、さっさと別れちゃばいいんだよ!」なんて言いながらアクセルを踏みこむ。占いでも書いてあったが、自分は精神年齢が中学生のまま止まっているらしい。今は娘と話していて楽しいが、あと数年で越されてしまうだろう。もう越されているような気もする。
今日こそいよいよ遅刻か!?というギリギリのところで、あと少しで学校だというのに、車の行き交いに苦戦している車が前方に見えた。娘が「ママ、もうここからは走っていくね!ありがと!」と言って降りていった。どのみち学校の前は通るので、鉢合わせするかな、なんておもっていたら、娘のように遅刻ギリギリの学生はたくさんいた。
チャイムが聞こえたのか、車内からはよくわからなかったが歩いていた中学生が一斉に走り出し、次から次に横断歩道を走って渡りだした。列は、ずっときれいない。わたしはそれを、車内から見ていた。その光景は、霧雨の中を渡り鳥が海を渡っていくような感じでものすごく美しく、ちょっと泣きそうなくらいにきれいだった。そしておもった。ああ、こうして子供は巣立っていくんだ、格好いいな、と。足の遅い娘は集団の後ろの方にいた。途中で友達を見つけたようで、笑顔で声を掛けていた。お友達を覗き込む角度、上がった口角、揺れたポニーテール、その全てが信じられないくらいにかわいかった。こんなに目の前に止まっているわたしの車に気づくことはなく、ニコニコと仲間と走り去った娘の、揺れるバックパック。朝からめちゃくちゃいいものを見せてもらった。子供はどんどん、離れていったらいい。飛びたいところを自分で見つけるまでは。それまでは、親鳥がちゃんと見守っていくよ。心から、そんな気持ちになった。

2026/06/17

大切なものってなんなの?

誰に会った、どこへ行った、何をした。そんなくだらないことを書き綴って満足していないで、もっと深く潜って言葉を探しにいくような、ときに苦しさをともなうような文章を綴りたいと、昨日ミシンを踏みながらおもった。タイパンツと違ってシャツを縫う日々は慣れず、難しく、神経と頭を使う。めちゃくちゃ疲れる。とはいえ心地のいい疲れで、17年前にタイパンツを縫い始めたときみたいな感じだ。慣れ親しんだ環境、人、仕事のやり方に成長はないんだな、と思う今日この頃だ。
<BRANDIN>の活動のスタートとともに、もうひとつ始めたいことを決めている。それは家族のことを本にするべく、執筆活動を始めること。5年くらいかけて、ちゃんと本として完成できたらとおもっている。冒頭の文章はもう言葉が頭にあって、あとはPCに打っていくだけ。人生後半は、楽器も弾けるようになりたい。ピアノもいいけど弦楽器もやっぱり素敵で、歌を歌うことが好きだし、老後の趣味になればいい。願わくばバンドを組みたい。誰かー。
最近はサーフィン熱も復活して、それが何気にいちばん楽しい。兄の影響で16歳で波乗りをはじめた。途中大学時代はヨットに熱中したけど、その間もサーフィンはしていたから、33年ずーーーーーーっと好き。好きなものが変わらない、それを早くに見つけられた。とても幸せなことだとおもう。
仕事のほうもお陰様でそこそこいそがしい。得意技だった「暇だな〜、何してあそぼっかな」が減ってきた。軌道に乗ったのか?乗れるのか?乗り遅れるなよ、というくらいの感じ。あんまり悩殺されるとつらいから、幸せだとおもうこのラインを、現状維持でキープしたいところだ。苦節17年で今日まできて、この先もきっと、劇的に楽になることはないはず。別にそれを望んでもいない。仕事は喜びのひとつだから、ずっと働いていたい。生涯どんぶらこどんぶらこだろうけど、最近やっと、自分の仕事のスタイルを見つけたような気がする。「こうかな、こうがいいんじゃないかな、よし、がんばろう」というくらいで、確信なんてできない性格だから、首をかしげながらデッドスローで進んでいる。いちばん欲しいものはいつでも「時間」。そこを奪われたくないし、失いたくない。時間は使い方に工夫ができる。そこがきっと、いちばん好きなところなんだろう。

2026/06/15

デパートで父を想う

朝からサッカー観戦でやり切った感であります。本田圭佑さんの解説がツボでファンになった。最高であった。
土曜日は朝から夕方までせっせと修理品を仕上げた。夕方からジョージくんのご両親がお招きくださり、お茶とケーキをいただきながらあれこれおしゃべり。昨日は仕事で朝から桜木町へ。うれしいお知らせはまた追って。仕事を済ませて、待ち合わせの時間までちょっとウィンドウショッピングをするはずが、かわいい布に出会ってしまい、まあまあな量の仕入れをして、大荷物になった。
Hさんが車でランチにつれて行ってくれたのは<神戸屋上野毛店>だった。神戸屋レストラン、関西の友人から聞いていたが、噂にそぐわない素晴らしいお店だった。サラダバーから焼きたてのパン、コーヒー、メインディッシュのハンバーグに至るまで最高。また必ず再訪したい。
ランチの後「玉川高島屋にもいこう」とYさん。素敵な高級車の助手席にただ座っていればいいというこの快適さ、デパートには絶対に車でいきたがる感じ、それも高島屋がいいという感じ、その全部が父と一緒で、ふと父に思いを馳せた。一緒にCHANELを見たり、イヴ・サンローランを見たりしてからデパ地下であれこれ食料品を大量にお買い物をして、湘南に戻ってきた。自宅まで送っていただいて、なんだか至れり尽くせりな日曜日。帰宅して夫の髪を切り、お夕飯はデパ地下のものをお皿に素敵に並べて、トマトだけカットして塩をふる。楽チン。デパ地下優勝!さて、時刻は8:00をすぎました。そろそろ始業のお時間です。みなさま、ごきげんよう。

2026/06/13

うれしい再会

昼前に打ち合わせがあって、逗子の<SPICE TREE>でランチミーティング。縫製の相談を受けていて、その提案をいくつか。着地点が見つかって、ほっと一安心。心を込めて対応したいと改めて。
早く終わったら三浦に潜りに行こうと決めていたので、シュノーケルセットなど一通り積んでいたのだが、時間的に厳しく、手前の長浜(なはま)でストップバイして、ビーチで昼寝した。その後、夕方からジョージくんと約束をしていたので子安の彼の工房へ。ジョージくんは数年前から仲間たちとバンドをやっていて、子安バンドと呼んでいる。噂には聞いていたが、昨日はその仲間たちがわらわらと集まって、音を鳴らしたりしていた。楽器やバンドに強い憧れのある自分はめちゃくちゃ興奮してしまったが、きっとギターを鳴らすジョージくんを待っていて、早くセッションしたいのではとなんとなくおもい、早々に失礼した。若い子が彼を慕っているのがよくわかる感じで、「いいねえ!」と思った。憧れられているのだろう。わかる気がする。なかなかいないもの、あんな大人は。
ジョージくんにオーダーしている板ができるまで、しばらく自分の板を貸してくれるというので、昨日はそのピックアップにいったのだ。「こういうのが欲しかったの!」と思わず声に出してしまった板は、ジョージくんのシェイプではなく、彼の師匠の川南活(かわみなみ・かつ)さんのシェイプだった。理想的なサイズと見た目で、「うれしい! ありがとう!」と、まるでもらったみたいにお礼を言ってしまい、自分でも笑った。
車だけすこし置かせてもらって、子安をひとりで散歩した。<BIRDS CREATION>のある場所は森みたいで、鳥の鳴き声が合唱のように聞こえる。夕方、しばらくひとりで散歩をしたのだが、生い茂る木々、自由に咲く花々、ハーブ、まだ小さな柿の蕾、落ちてきた梅、サンセットを見ていて、「天国みたいだな」って思った。車に戻ってもバンドマンたちには声をかけずに、静かに帰宅し、帰りになんとなく、ほんとうになんとなく、家を通過して鎌倉でもいくか、と。東急のスーパーの駐車場に車を停めて、二、三歩あるき出したら、まさかのジョージくんのお母さんにばったり!何年振りだろう。思い出せないくらいだ。コムデギャルソンかな、おしゃれな女性だなとお洋服を眺めていて、顔にフォーカスを絞ったらお母様だった。嬉しすぎて、「こだまさーーーーーん!!」と叫ぶと「みもさーーーーーん!!!!」と、思わずお互いにハグしてしまった。車内で待っていらしたお父様にもご挨拶をして、しばらく立ち話をした。お父様も、相変わらずオシャレだった。「さっきまでジョージくんに会っていたんです、今日は小玉デーだ」と笑って、茅ヶ崎の話なんかもして、どのくらい話していたのだろう。こんな風に不思議なことがたまに起こる。起こるのだけれど、ハンドルを握っていたのはわたしで、アクセルを踏んだのもわたしなんだから、不思議なんかじゃなくて、最初から約束されていたのかもしれない。



2026/06/12

君に覚悟はあるのかい?

 過日、<DAILY by LONG TRACK FOODS>の馬詰(うまづめ)さんと、師匠である美術作家の永井宏さんのお墓参りにいった。<BRANDIN>を教えてくれたのは永井さんだったから、活動の前にちらっとだけでもご挨拶をしたかったのだ。
馬詰さんの運転する車の道中で、15年前のお葬式のことをふと思い出した。号泣していたわたしの背中を「みもちゃん」といって、力強く撫でてくれた馬詰さんの手はゴツッとして、「ああ、手を動かしてものを作っている人の手だな」と思ったことを。遠くにいる先輩だと思っていたけれど、時間をかけて、今ではおねえちゃんのような存在になった。人生の師のようでもある。
お墓の前でお線香に上手に火がつかず、ゲラゲラ笑って楽しい雰囲気のまま師匠にバイバイ。その日は波がよかったので、海沿いを波チェックしながら帰宅した。馬詰さんも長年のサーファーなのだ。その日、車内から波チェックをしながら「結局、決断をするかしないかなんだよね」という話になった。覚悟があるかどうか、みたいなことで、覚悟を決めれば流れが変わってくるんだよ、というような話だった。ここ最近ぼんやりと考えていることがあり、体の中のライトが、一瞬だけ点灯して光ったような、そんな不思議な感じがした。

2012年の1月15日に「個人事業主になる!」と決めて、税務署に事業登録にいった。『いい子の日』みたいでかわいいかしら、と単純な理由だった。翌月に娘を妊娠するなんて思わずに。今、自営業で頑張っている同世代(40代後半と50代前半)を見ても、偶然だが、2010年前後に独立したり会社を起こしたり、店をはじめている人がかなりおおい。いちばん動きやすい世代だったのだろう。わたしの場合は、その年の秋に娘を出産して、クソミソになって子育てをするという大仕事があった。タイパンツは「細く長く続けること」と、心に決めていたので、毎年悲しい数字の確定申告が続いたけれど、それでも数字を見ること、そして人に見せることが大事だと思っていた。売り上げは低いけど、志(こころざし)だけは高かったのだ。そうやって、やっと今スタート地点に立った気がする。
子育てこそ立派な仕事で、あれを頑張れたら、この先なんでも頑張れるとおもえるくらいだ。薄給(はっきゅう)どころか無給だし、24時間戦えますか?(栄養ドリンク『リゲイン』のCMのフレーズです!)だし、365日休みなしだった。命も時間も精神も注ぎ、命懸けで働いた気がする。これを読んでくださっている子育て中の方は、どうぞ今に自信を持ってほしい。

「49歳か、まだまだ若いね」って、10年後の自分はきっと言うだろう。誰と比べるでもなく、いつでも過去の自分とだけ、比べたい。未来の自分なんてあんまり想像しない。今の決断が未来のわたしを作ってゆくんだ。むつかしそうでも楽しそうなほうを、あぶなかしそうでも気持ちの良さそうなほうを選ぶ。そういうものに、わたしはなりたい。

2026/06/11

サヴァイヴしてきた布

 布の仕入れで朝から東京。数軒まわるがたいていは長年お世話になっている問屋さんなので、近況報告もたのしい。生地選びは得意中の得意なので比較的すぐ終わるが、疲れないわけではなく、集中するので終わると結構疲れている。
ビーチバックに仕立てた、デッドストックの生地を買取にいくのが昨日のメインだった。お店の方とやり取りしていてわかったが、使い物にならないほどにデッドな反物も数本あったらしく、「この子達はサヴァイヴァーなの」と言っていた。おじいさんが営んでいた生地屋が廃業になり、その後孫の代で土地を手放すまで、倉庫で眠っていたものだったとか。ほんとうによく生き抜いたねと思ったし、おじいさんも、よくぞこんなに素敵な布を作ってくれましたね、と感謝の気持ちだ。大切にしたい。
ランチの約束があり、千駄ヶ谷駅へ向かう。20歳のときにバイトをしていた当時のオーナーのYさんと。ウェブサイトの写真でも力を貸してくれた写真家の杉江篤志(すぎえ・あつし)くんが働く<TAS YARD>という店へ。杉江くんも休憩を合わせてくれて、一緒にランチ。Yさんは昔からカメラオタクなので、あれこれカメラの話で盛り上がっていた。
Yさんは32歳のとき、4.5坪の土地にたまたま出会いお店を始めた人で、わたしはそこのバイトとして出会った。ひとまわり歳が違って同じ干支、わたしは20歳だった。その後もいくつかお店を出したりやめたりしながら、今もいろいろな仕事をしている。当時からマックを使って店舗のロゴデザインとかもしていた記憶があるし、本当になんでもできる人なのだとおもう。最近はITの仕事もしているらしい。その合間に、飲食のアドバイザーみたいなこともやっている様子。何度聞いても、いつもよく理解できないのだが、一昨日までは軽井沢にいて、さっきまで御茶ノ水で働き、この後は赤坂に行くんだと言っていた。健康のために歩いていくと言って、さっさと去っていった。という訳で、明治通りの交差点であっさり解散。
千駄ヶ谷小学校前からバスに乗って渋谷まで行き、渋谷で友人と合流。ものすごーーーーく昔、一時的に通っていた<人間関係>というカフェがいまだにあるとしり、そこでハーフアンドハーフを呑んだ。渋谷で遊んでいたのはたぶん20歳から22くらいまでの2年くらいだけ。タバコも吸うしお酒も呑むし終電で帰るし、挙句に乗り過ごし、池袋からタクシーで高田馬場に帰宅という、典型的なダメ大学生だった。あれから30年くらい経って、比較したら立派な大人になったと言っても過言ではない。さてさて、今日はサーフィンできるかな?

2026/06/10

気付いてくれてありがとう

 由比ヶ浜で波乗りしたあと駐車場まで歩いて戻る途中、信号待ちをしていたら「みもさーーーーーん!!!!」と声がした。走る車の助手席側から、満面の笑みで大きく手を振っている女性が見えた。え、誰?誰?とよーくみたら、Sさんだった。
Sさんは前職で一緒に修理の仕事をしていた。熱心なクライマーで、一匹狼みたいな雰囲気をまとっていて、でもしゃべるとすごく清々しい子で、いいなと眺めていたひとり。仕事を一緒にすると、とにかくクイックで、頭脳明晰な人だとおもった。後でわかったがソフィア出身だと聞いて、納得の学歴だった。ランチタイムになるとクライミングの壁にのぼったり(職場の壁がクライミングのウォールだった)、かとおもえば一人静かにデスクで海外のペーパーブックを読んでいたりもした。Sさんはインテリジェンスな人でもあった。わたしが退職したあと、彼女と何度かメールのやり取りをしたくらいだったが、その後彼女も退職を決めたと聞いて、門出を祝おうとランチをしたのがいつだったか。きっと一年くらい前のことだろう。
夕方にDMをくれて、近いうちに会おうねと伝える。きっと、そのうちに茅ヶ崎に来てくれる気がする。今、何をしているのかしらない。でもあの笑顔、あの手の振り方を見たら、今が幸せなのがわかったから、きっと大丈夫。みつけてくれてありがとう。全然近所じゃないのに、たまたま通ったというから、なおのことびっくりだった。縁があるね。10秒くらいずれていたら、きっと手を振り笑顔を交わすことはなかっただろう、昨日のこと。


2026/06/09

愛すべき男子たち

 <BRANDIN>の小部屋での活動がはじまった。
雨なら暇なはずとか、晴れたら混むかなとか、平日はきっとスロウだろう、なんて安直な予想をすべてくつがえされる展開だった。想像よりはいそがしく、でもそこまでぐったりも疲れない。数字もOK。こんなにhydeな場所でひっそりやってこの感じなら、自分はもう、こういう選択で仕事をしていこうと、心につよく決めた。人と繋がりたいわけではないが、表現はしたいし、好きなことをして生きていくためには、ちゃんと売上も立てないといけない。そういう自分は、得意ではなくてもやっぱり表に立つ必要はある。笑顔で結界を張りながら、空気や光に包まれつつ自分の作ったものを売りたいし、修理の仕事も、請け負っていく必要がある。
期間中、友人で〈BIRDS CREATION〉の小玉譲二(こだま・じょうじ)君が、たまたま近くの、車で5分くらいの場所にあるサーフショップに来ていた。サーフムービーのイベントの為とのこと。降りしきる雨の日曜の夜、上映会に足を運んだ。サーフショップとかイベントとか大勢の人とか、とにかくとても苦手だけど、彼の友人が作っているREPLAY LABOという映像のものすごーーーーくファンで、折に触れてYouTubeなどでも観るくらいに好きで、大きなスクリーンで観たかったのだ。だから頑張っていった。知り合いはきっといないだろうと思ったら、「みもさん?」と声をかけてくれた人がいた。前職の別の部署の女性で、はじめてちゃんと話をした。とてもいい感じの人だった。久しぶりに会う、以前一緒に働いていた女の子もいて、嬉しい再会も。みんな年下。会場は若い子がおおく、映像やMCなどからも、彼らがジョージくんに憧れているのがビジバシと伝わってきた。若い人のエネルギーって、胸がいっぱいになる。暗闇に同化しているくらいに目立たずひっそりと佇んでいたジョージくんだけど、そういうポジションの人なんだなと、すごいなと素直に思った。修行時代も独立後も、ほんとうに長い道のりだったとおもう、きっと。
ひとりで端っこのほうにいたらジョージくんが声をかけてくれた。BRANDINのお部屋で使うためにオーダーしているライトの話、サイズや感じをこんな風に構想中なんだと伝えてくれた。コーヒーまでご馳走してくれて、以前は小二だと思っていたのに、近年は中二とか高二くらいな感じで成長が著しい。成長期?

昨日は、朝にパターンの仕事をお願いしているKちゃんの家に立ち寄って受け渡しの後、<LOGGER WOODSUPPLY CO.>の末綱(すえつな)さんのところへ出向き、BRANDINで使う看板のフレームの打ち合わせへ。事務所には見るからにお肌の若い男性がいて、聞けばテンポラリーで、見習いのように来ているとのことだった。感じのいい20代の青年で、末綱さんがその彼に愛情を持って接しているのがよくわかったし、青年も末綱さんに憧れと尊敬を抱いているのがよくわかる瞳をしていた。日曜のジョージくんに続き、月曜の末綱さんといい「みんな、こういうフェーズに入っているんだなあ」としみじみしてしまった。マインドが中学生で停止している自分にとって、末綱さんはもともと高校生くらいしっかりしているイメージだったけれど、そのままずっと成長をしている感じがする。立派な社会人だった。当たり前?笑 
好きだな、格好いいなとおもう男性はまずもって優しい人。そして誠実な人。くわえて、手を動かしてものを作れる、表現できる人がタイプ。夫とお付き合いした当初も「お金がないから切り絵を作りました」とプレゼンントしてくれて、ハートを射抜かれえた。こういう人だいすきって思った。買ったものだったら、ちょっと付き合って、冷めて終わっていたかもしれない。執着がないので、昔から飽きたらすぐに売ったり捨てたりしちゃうわたしだから。
「優しくない男子なんてうんこだよ」と娘に言っているくらい、本気でそうおもっている。優しくない男性のエピソードとかを聞くと「クソみたいな男だね」とか素直に言ってしまう。そのくらい、男子は優しさが魅力に直結すると思っている。一方で女子はかわいいことが命なのである。人は平等に歳をとるから、シミもシワも白髪もできるし、ほうれい線も出てくるし、おっぱいもお尻も垂れてくる。それでも年相応に可愛くいたい、というのが女子の永遠のテーマなのだ。
似合う色、お洋服も変わってくるけれど、そこをよく観察してアップデートしていくことが、きっと大切。あらがわない、でもあきらめない。自分は服の仕事をしているから、かわいく、心地よくいられるものを、命がけて作っていくって決めている。だって女の子なんだもん。

2026/06/05

あと何回?

 今日は娘の体育祭。テンションが上がりますようにと娘が喜ぶハッシュポテト用のポテトをスライサーで細くカットしたものを、フライパンで焼いていたときだった。「体育祭も、数えたら人生であと数回しかないんだよねえ」と娘が言った。「確かに!貴重だねえ」なんて話す。
娘は、本人も自覚しているが運動神経をどこかにおき忘れてきたようで、あさっての方向に進んでいる。昨日は大玉転がしの練習中、大玉に吹き飛ばされてひとり尻餅をつき、笑いが止まらなかったと言っていた。以前「ママ、サッカーの練習したい!」と娘が言ったとき、元サッカー少女のわたしはものすごく嬉しくて、嬉々として駐車場に連れていった。ボールを蹴るところから教えようとしたが、娘が張り切って足を蹴り上げたとき、ボールにはかすりもせずその場で派手に転んだ瞬間「・・・」となった。運動できないのは、ジイジに似ちゃったのだろう。
わたしは見た目ほどではないが、そこそこ運動が得意な子供だった。リレーの選手などはいつも選ばれるタイプの子だったのだ。「ママ、体育祭は活躍するとこないからね」と数日前から娘が言うので「わかってるよ。かわいいからいいんだよ」とこたえてきた。
運動が得意でないことはとくに気にしていないそうだが、「アイツが足を引っ張ったよな」とか「アイツのせいで」みたいな雰囲気になるのがすごく嫌なんだよね、と言っていた。でも、なぜなのか体育祭は好きらしい。思えば保育園児の頃から、応援に燃えるタイプだった。応援団長だか副団長もやっていたっけ。今朝はヘアアレンジに死ぬほど時間をかけ、かわいいハチマキの仕方も昨夜から熱心にしていた。燃えるところが人とズレているのかもしれない。

2026/06/04

呑んでも、呑まなくても

 昨日はパソコン仕事を中心におしすすめた。台風で学校を休んでいた娘の昼ごはんをつくり、間に自分のシャツの修理など。襟のサイズ(高さ)を5ミリ小さくしたら、おもっていた通りに可愛くなってご機嫌。夕方、タイパンツのプロダクトテストで散歩。持っているタイパンツの紐の部分を改良したもので、折り返さないで穿くタイプ。すこし歩くと町にはサーファーがたくさんいた。沖から帰って来られなくなったサーファーのレスキューなども出ていて、ジェットスキーや救急車、消防車まで出動し、騒々しい雰囲気だった。
歩いていたら、顔見知りのママから突然に声をかけられた。普段ほとんど言葉を交わしたことのない人だからびっくりしたが、めずらしくあれこれ話をしてくれた。なんとなくおもったので、「今、呑んでいてご機嫌さんな感じ?」と聞いたら、そうだと彼女は言った。普段から、わたしの格好やわたしの娘のことを可愛いなとおもっていたと、いま呑んでいるから話せているんだと伝えてくれた。そうか、そういうこともあるのか、とおもった。自分はお酒は好きだけれど「酔った勢い」というのが全然ない。呑んでも呑まなくても、言いたいことは伝えている気がするし、伝えないときは何もおもっていないとき。
基本的に人と繋がることがとても苦手なので、普段からむやみに人に近づかないようにしている。人疲れしやすいタイプだし、無理がきかないのだ。最初にガッとテンションを上げる、みたいなのが自他ともにとても苦手。呑みにいくのも、サーフィンするのも、素潜りも、お買いものも、旅も、基本的にひとりが好き。そうして、のんびりお空を眺めたりしていたい。仲間も家族も大切だけれど、無性に一人になりたくなるのは昔から。そういう態度がおもいっきり出ちゃっているのだとおもうけれど、声をかけてくれたのだろう。お洋服を生業にしている自分にとって、お洋服をほめてもらることは、純粋にうれしいし励みになる。ありがたいことだ。今日は夕方に鎌倉か茅ヶ崎までサーフィンにいくつもり。目の前の海はサーファーだらけ。まだまだサイズがデカくて、ヘタレなわたしにはとても無理であります。

2026/06/03

社長ではなくシャチョーと呼びたい人

娘、本日学校おやすみ。「台風の接近にともない、登校は各家庭の判断でお休みしてOKです。その場合、欠席扱いにはなりません」とのこと。家の前がどこよりも暴風域になりがちな我が家なので、一歩出たらずぶ濡れになる。送迎も命がげなので、こっちも「うん、そうだよね。やすもうね」ってなる。
昨日はチャハット逗子店のお手伝いへ。大竹シャチョーと二人で、せっせと布を巻いたり、梱包の準備など。こっちも多忙だけれど、シャチョーも相当にテンパっている様子だったので、気の毒でことわれずにいくことに。あっという間におひるご飯の時間になり、持っていったお餅を焼いたり、冷奴にかけるお醤油を借りたりして、納豆、焼き芋、サラダなど、感じのいい器を借りて食べた。シャチョーは炊き立ての白米にカレー、野菜とウインナーを炒めたものをキレイな緑色のお皿にのせてモリモリと食べていた。食後のおやつにと持っていった、『そばぼうろ』ときなこのネジネジしたお菓子をお皿にだす。しろい小皿を二枚お借りして。ポットに淹れて持参していたあずき茶は、まあるい感じのいい湯呑みがあったのでそれに注ぎ、シャチョーと食べた。シャチョーの事務所は、普段使いのお皿がかわいい。
シャチョーの元には、ラインやメールや電話がバンバンかかってくる。都度都度デンパっているので、それが笑いのツボで、かかってくるたびに声を出して笑ってしまった。午後もひたすらに椅子に座って、インドから届いたばかりの布を木枠に巻いて巻いて巻きまくっていた。すると、バンダナをたたみ終えたと思しきシャチョーがやってきて「ぼくちゃんも椅子に座ろうっと」とスツールを持ってきた。「ぼくちゃん」とか言っているおじさんも地味にウケるなと思っていたが、イスに座った途端にまた電話がかかってきて立ち上がった。思わず吹き出してしまった。「電話がない」というので「台所の洗い物のカゴの横にありました!」という。「そうだ、さっきスピーカーでしゃべってたんだ」とシャチョー。頭を抱えたり、頭の汗を拭いたり、ずっと右往左往していた。笑っちゃいけないけど、ずっと笑っていた。佐川急便さんが集荷にくるまでの時間との勝負で、必死に梱包からの出荷を終え、へとへとになって終了。
雨がポツポツと降ってきて、急いで自転車を漕いで帰宅。途中、お肉屋さんで豚肉を買った。娘は豚肉がだいすきなのだ。家からチャハットまでは5分くらいの距離なので、なんとかギリギリセーフであった。ご近所さん同士、困ったときは助け合いの気持ち。

2026/06/02

<warang wayan>の二人に逢いに

<warang waryan>(ワラン・ワヤン)は、バリ在住の土屋由美(つちや・ゆみ)さんと、モロッコ在住の石田雅美(いしだ・まさみ)さんのブランド。二人はそれぞれの国で現地の人と一緒に、丁寧なものづくりをしている。
ワランワヤンの存在を知ったのは、吉村眸(よしむら・ひとみ)さんが営む<Zakka>だった。お店が原宿の地下にある時代だから、20年以上前になる。最初に見たときから二人のつくるものがずっと好きで、展覧会などの機会があればみて、少しづつ購入してきた。昨日は『生活のたのしみ展』というイベントが西新宿であり、そこに出ているとのことで足を運んできた。二人にお会いするのはかれこれ10年ぶりくらいだったけれど、覚えていてくれて、しばらく話をする。イベントはものすごく混雑していたが、めげずにレザーのバッグとレザーのルームシューズを選んで買わせてもらった。雅美さんは過去にたくさんタイパンツを買ってくださっている。会話の中で、ここ数年で思っていたヒントを得たので、試作をしてみようという気持ちになった。
二人のものづくりは、新旧織り交ぜた展開になっていた。往年の不動なアイテムと、あたらい展開のもの。『ノスノス』という名前の、ずっと愛用してきたカゴとレザーのコンビネーションのバッグを色違いで買おうと思っていたのだ。しかし、その横に置いてあった、はじめてみるレザーのバッグがものすごく素敵で、今回はそちらに決めた。事業規模も大きくなっているはずで、そのぶん大変なこともおおいと想像するが、にこやかで健やかな感じは健全で、すごいなあと尊敬の気持ちでいっぱい。自分もまたがんばろうと、会場を後にした。
西新宿からバスに乗って父のいる施設へいき、顔を見てみた。ノンアルコールビールを持っていくととても喜ぶので、いつも近くのコンビニで買う。新宿区は昔から今も、割と普通にホームレスがいる。父の施設の近くの公園にも、昨日は割と若めのおじさんが道端で寝ていた。暑いししんどいだろうな、と思いながら目の前を通過。昔から見慣れた光景の一つなので、ある意味で故郷感が強い。
父と別れて、再びバスで新宿広小路まで戻る。広小路とは小滝橋通りと青梅街道の交差点のあたりで、前方には新宿駅が、右手には西新宿、左が歌舞伎町へと繋がっている西口大ガードのあたりのこと。このエリアでたくさんバイトもしたし、飲み歩いたし、運転好きの父が、車でたくさんバイトの送迎もしてくれた。スポーツジムもこの辺りに通っていた。デートもたくさんした。新宿の中でもとくに馴染みが深くて、好きな場所なのだ。広小路から歩いて<オカダヤ本店>で気になっているミシンや、縫製関係のものをチェック。その後<DUG>に行ったら列をなしていたので、<BERG>でビールとカレーを食べて帰ってきた。<DUG>は閉店が迫ってきたので、こんな日が続くのかも。もう一回か二回くらいは行きたいけれど、並んで待つ、というのがいつも本当に苦手。ペイシェントが足りないのだとおもう。

2026/06/01

月のスポットライト

新規でいただいたお仕事、納品を済ませた日に、間髪入れずに先方から連絡をいただいた。縫製の仕上がりをとても喜んでくださったようで、心から安堵。先方はもちろんのこと、紹介をしてくださった方の顔に泥をぬることのないよう、神経を張り巡らせた。
裁断をはじめる前は「こんなに緊張するなんて、縫製の仕事は向いていない気がする・・・」と度々ひとり弱気になるが、そのくらい慎重な気持ちで仕事に挑む。縫えるといっても得意な素材、慣れ親しんだものなど分野が全然ちがうので、「縫えます!」なんて安易に言えないものなのだ。素材によって、ミシンの調子を変える必要もあるし、そもそも、機械の機嫌もある。ああ、とにかく良かった・・・。
週末はウェブサイトをいじったり、お知らせのハガキを刷って友人・知人に配ったり。家族の髪を切ったり、明るいうちからビール呑んだり、まあ、いつもの感じ。昨晩、ブルームーンとかいう満月が、とても力強くてきれいだった。ベッドの下にキャスターがついているわたしのベッドを窓辺に移動させて、月明かりを眺めながら眠りについた。その様子を、いつもの二段ベッドの上段から眺めていた娘が、「ママに月のスポットライトが当たってるみたい。今度、ニモもそっちで寝てみたい」と言った。かわいいこと言うね。ロマンティックな昨晩のこと。