今日は娘の体育祭。テンションが上がりますようにと娘が喜ぶハッシュポテト用のポテトをスライサーで細くカットしたものを、フライパンで焼いていたときだった。「体育祭も、数えたら人生であと数回しかないんだよねえ」と娘が言った。「確かに!貴重だねえ」なんて話す。
娘は、本人も自覚しているが運動神経をどこかにおき忘れてきたようで、あさっての方向に進んでいる。昨日は大玉転がしの練習中、大玉に吹き飛ばされてひとり尻餅をつき、笑いが止まらなかったと言っていた。以前「ママ、サッカーの練習したい!」と娘が言ったとき、元サッカー少女のわたしはものすごく嬉しくて、嬉々として駐車場に連れていった。ボールを蹴るところから教えようとしたが、娘が張り切って足を蹴り上げたとき、ボールにはかすりもせずその場で派手に転んだ瞬間「・・・」となった。運動できないのは、ジイジに似ちゃったのだろう。
わたしは見た目ほどではないが、そこそこ運動が得意な子供だった。リレーの選手などはいつも選ばれるタイプの子だったのだ。「ママ、体育祭は活躍するとこないからね」と数日前から娘が言うので「わかってるよ。かわいいからいいんだよ」とこたえてきた。
運動が得意でないことはとくに気にしていないそうだが、「アイツが足を引っ張ったよな」とか「アイツのせいで」みたいな雰囲気になるのがすごく嫌なんだよね、と言っていた。でも、なぜなのか体育祭は好きらしい。思えば保育園児の頃から、応援に燃えるタイプだった。応援団長だか副団長もやっていたっけ。今朝はヘアアレンジに死ぬほど時間をかけ、かわいいハチマキの仕方も昨夜から熱心にしていた。燃えるところが人とズレているのかもしれない。