2026/08/21

ウェルカムバック、フリーダム

 なんの前触れもなく、自宅のWiFiがつかえなくなった。もともと電波の悪い住環境なので、スマホのキャリアも弱々しく、強制的にデジタルデトックス中。そんな訳で今、都内に向かう電車の中で文字を打っている。

先日、横浜のライブハウス〈thumbs up〉へいった。ビルの老朽化にともないまもなく閉店してしまうそうだ。一度は足を運んでみたかったのと、観たいとおもっていたアーティストのライブが重なった奇跡。

岐阜のファミリーバンド「バクマイズ」のことを知ったのは、茅ヶ崎の夜だった。〈フロッギーズ〉というバーの店主がお店で流していて「このバンド、すごくいいんだよ」と教えてくれた。フロッギーズに連れていってくれた〈BRANDIN〉のひろみさんが、「フロッギーズの小田さんが、いい、というのを信頼してる」というようなことを、以前口にしていたのを聞いていた。加えて、ファミリーバンドというものに興味があったので、サムズアップでひとり夜遊び。

三姉妹と両親のファミリーバンド、よかった。最後の二曲がとくによく、「人類のうた」という歌をその後YouTubeで観ている。当たり前だが数年前の映像はおこさんがまだちいさくて、歌い方、ハーモニカの音色、体の動かし方なんかもちがって、継続は力なりだなぁと。自分も楽器を弾けるようになりたい。ハーモニカもうまくなりたい。ファミリーバンドに憧れがあるが、音楽の好みもあるし、まずはじぶんから。

「ライブを観たい」と言えば家族も理解があり、娘も大きくなって、お留守番が無理なく(さみしくなく)できるようになった。自由がこの手に、あっという間にかえってきた感じ。一人旅もそう遠くなく実現する気がする。

子育てに関しては、唯一「さみしさ」から1番とおく離れた場所で娘を育てたい、というポリシーがあった。自分が賑やかな家で育ったこともあるが、「さみしさ」は厄介だ。あらゆる犯罪の根源は、さみしさがからんでいるのではないかと、自論だがわりと本気でおもっている。「さみしさ」は目にみえない。「さみしくない」と口にしても、偽りだってあるわけで、あなどれない感情なのだ。だからできるだけ、そばで見守ってきたつもり。どんな目をしているか。外から帰ってきたときの「ただいま」の声色ははずんでいるのか、沈んでいるか。身にまとっている娘の空気や色、雰囲気をできるだけみてきたつもり。けれど、最近ほんとうに「もう大丈夫そうだな」思えるようになった。じぶん、よくやった。娘も、よくこごまでおおきくなった。

家族ってチームだから、みんなで強くなるために、それぞれのポジションを守って、試合を重ねていく、みたいな感じがある。負けるときもあれば勝つときもある。泣いて笑って、転んでも立ち上がって、肩寄せ合って、抱き合ったりして、また明日。

2026/08/19

もしもなんて、ないけれど

朝から夕方まで修理をし、合間に娘の茶華道部の送迎や、耳鼻科の送迎などしていたら夏が終わりに向かっている。風に空に、秋の気配だ。
昨日は久しぶりに海の家『パパイヤ』のアルバイト。去年、アルバイトの声をかけてくれた<DAILY by LONG TRACK FOODS>の馬詰さんと一緒に働くのははじめてのこと。先輩なので(たぶん30年くらいバイトしているはず?)絶対に先について準備を整えておかなければと気合いをいれて、9時の、2分前くらいに到着。先輩はもうふつうにエプロンをして、働いておられた。たらーん。飲食業のセンスと伸び代がないオレ様なので、終日いろいろやらかしながら、楽しさだけは誰にも負けない1日はあっという間に終了。
前回パパイヤで働いたのが灼熱の7月中旬で、通常運転まで復活するのに、二日位かかった。「もう海の家で働くのは無理かもしれない・・・」とちょっぴりしょげていたのだが、「明日もこれるぜ!」というくらいに元気にゴールテープを切れた昨日。気温と風の有無で、疲弊具合がぜんぜんちがった。
途中、ひとりで思い出し笑いをしていたら馬詰さんに気づかれて「どうしたの?」と聞かれた。「もし永井さん(わたしの師匠で、馬詰さんは旧知の仲)が生きていて、今日パパイヤにに遊びにきたらって想像してたんですよ。カウンターの向こうからおもしろがって話しかけるじゃないですかー。でも、センセーは滑舌悪いから、何言ってるか聞きとれないですよねー」と言って、ギャハハーと笑うわたし。他にも「もし永井さんが生きていたら、「馬ちゃん、ちゃんと指導してやってね」とか言いますよ、ぜったい!」とか言ってまたわらった。「思い出してもらって幸せだね。でも、永井さんのおかげだよ」と馬詰さんが言った。二回くらい、言った。「ほんとですよ。足向けて寝られないです! でも、どうして思い出したんだろう、お盆だからかなあ」とわたし。
馬詰さんは手が8本くらいあり、後頭部にも目がついているのではないか、とおもうくらいにオーダーの記憶力とかもすごかった。飲食業は、テトリス並に頭で順番を構築しながら動くので、きっと馬詰さんはテトリスが上手いはず。今度あったら「テトリスうまいですか?」って聞いてみよう。お昼からきてくれた別のスタッフも機転がきく働き者で、かわいい高校一年生とかも、ほんとにみんな動きがよく、素晴らしかった。飲食業のセンスがあるってこういうことなのだろう。オレ様は縫製業で頑張るのが、きっと世のため人のため。まあまあ忙しかったけれど、総じてたのしかった一日。仕事がたのしいって、シンプルだけど、容易ではない。とてもいいことだ。
昨日は、がんばったご褒美みたいな、姿を変えるピンク色した夕焼けがすごかった。ここ数日でいちばんドラマチックなサンセットで、おもわずキッチンから出てスマホに写真をおさめた。仕事を終えて、自転車のペダルを漕いで先輩とクリエイトまで一緒に帰り、家族のお土産にアイスクリームを買って解散。大人なんだけど、子供みたいな夏の夜。八月が過ぎてゆく。

2026/08/13

たのしかった、なつやすみ

夏休み終了。 「今日からまたがんばって」とわたしの背中をおすように、朝から二度も虹が姿を見せてくれた。小雨が降っていたので夫を駅まで送迎した今朝のことだ。
夏休みは波乗り、プール、実家の家族の集まり、友人のバースデーを祝うビーチパーティーと連日あそびまくってあっという間に終了。仕事ではなく、自分のためにミシンも踏んだ。ずっと忙しかったので、いい休暇となった。ちゃんと休むということが、ちゃんと働くことへとつながっていく。こと夏においては、とくにそうだと信じている。
友人のバースデーパーティーで、20年ぶりくらいに葉山・一色海岸の海の家へ足を運んだ。途中、師匠のアトリエもあり、懐かしくておもわず記念撮影。バースデーパーティーはケータリングも空間のデコレーションも各方面のプロが手がけていらして、なんだかものすごかった。バブル世代の本気を見た感じ。わたしはドレスの依頼をいただいていた。20代から可愛がってもらっている年上の友人の、お祝いの晴れ舞台に携わること、プレッシャーと喜びの気持ちでいっぱいだった。 DJや生歌、ピアノの生演奏などもあり、記憶に残るパーティーだった。生きていたらここに呼びたかった人が、きっともっといたのだろうなと、主役の友人の気持ちにそっと触れた夜。

長生きがすべてではないが、生きている、ということは会える、ということなのだ。笑いあったり、またねと言いあえるということ。亡くなる、ということはだから、会えなくなるということ。もう笑いあえないし、またねと言えなくなる。そういうことなのだ。重ねられないから、思い出を振り返るしかない。それも幸せなことではあるけれど、できるだけその回数がおおいといいなと、そんなことをおもった。
パーティーの最中、旧知の男性と言葉を交わしていたときのこと。「みもちゃん、お金も大事だけれど、もっと大事なものがあるよね」みたいな言葉を彼が口にした。健康も、家族も、仲間も、愛も、誠実さも、ぜんぶお金では買えないものばかりなのだ。波の音、主役やゲストの終始うれしそうな笑顔が、まだまだ脳裏に焼きついている。幸せについて、人生について、あらためて考えさせられるパーティーだった。


2026/08/07

ウィー・アー・ザ・チルドレン

ときどき、無性にシンディー・ローパーが聴きたくなる。小学生の頃、映画館で『グーニーズ』を観たときにはじめてあのハイトーンなヴォイスに触れた。高校生くらいになると、姉がCDを持っていたので、ときどき部屋に持ちだして聴いた。いつもではないが、ときどき聴きたくなるアーティストのひとりなのだ。
昨日、ふとシンディー・ローパーを聴きたくなり、Apple Musicでランダムに流していた。すると『We are the world』が流れた。USA for Africa として、チャリティーのために収録された有名な曲で、そこにシンディも参加している。Netflixで、この楽曲収録のドキュメンタリーを観たこともあるが、シンディーはアクセサリーをじゃらじゃらつけていて、その音が入り込んでしまうシーンもある。髪の色もファッションも独特で、なんとも個性的でかわいい。飛び跳ねるようにして歌う姿も、子どもみたいでいい。
曲を車で聴きながら、昨日はちいさなおともだちをお迎えに。友人のお嬢さんで、小学6年生のおんなのこ。1年生の頃からインドに興味があるとママから聞いて、逗子のチャハットまで連れていってあげたくなったのだ。事前に大竹シャチョーに連絡をすると、「将来有望な子だね」と、シャチョーも時間をつくってくれていた。シャチョーに提案された時刻まではすこし時間があったので、うちにも寄ってもらい、お茶などをして、その後チャハットへ。店の中をじっくりみて、シャチョーやスタッフとも話し、タイのボンボンがついた紐をおそろいで買った。
ママからはシャイだと聞いていたが、全てにおいてそうではないようにおもえた。きちんと意思表示ができる子だった。好きなもの、好きな色、つかわないもの、考えがはっきりとしていた。「これがかわいい」というと、じーっとみたり触ったりして、途中で値段もみて、考えたりしている様子だった。片っ端から買ってあげたい気持ちをおさえて、その様子を眺める。かわいい・・・。
わたしもシャチョーもスタッフの女性も、みんなこどもだったわけで、一応おとなにはなったみたいだが、延長線上で勝手に歳をとっていた。特にシャチョーに至っては、好きな国がおなじと聞くとグッと親近感が沸いたのか、とてもうれしそうにしていた。アイスキャンデーとかお茶とか、いろいろおもてなしをしたがっていた。わたしも「ハワイ好き、アメリカ好き」と聞くだけでおともだちになれるとおもってしまうので、あの様子は分かりやすく理解ができた。
シャチョーにバイバイし、助手席におんなのこを乗せて運転しながら「シャチョー、おおきいでしょ。なんかいいひとでしょ」とわたし。「うん」とおんなのこ。「手もおおきいんだよ」とわたし。ご自宅まで送り届けて、「またあそぼうね」とバイバイ。情緒が安定していて、決しておおきくはない、ちいさな、たしかな声でじぶんからお話ができて、なんだかいい子だった。あの落ち着き、間の取りかた、見習いたいが無理だろう。憧れは、火傷して終わることがおおい。
午前中は仕事でHさんが来訪。Hさんはバブル世代のおねえさんだけれど、どこかずっと女子大生みたいな雰囲気で、いつでもキャピキャピしている。娘もそれを知っていて、昨日もHさんの動きにめちゃくちゃウケていた。わたしがつくったタコライスを三人で食べながらゲラゲラ笑い、昨日は女子率高めの一日だった。年齢ってナンバーなのだが、性格はたぶん、生まれた瞬間から決まっているのだろう。そう考えると、「おとならしく振る舞う」とかそもそも無理のあるはなしではないか。「じぶんらしく振る舞う」、それがきっと正解なのだろう。

2026/08/06

宮治さんがやって来た ヤァ!ヤァ!ヤァ!

 材木座に<ミル・コーヒー・スタンド>というコーヒー屋がある。女性の店主が切り盛りしていて、朝8時からオープンというのもありがたい。お店に通うようになり、7年くらい経つ。この2〜3年くらいで、少しづつ言葉を交わすようになった。くたびれて、コーヒーをじぶんで淹れたくないとき、すべてがイヤになってノーメークで行った日も何度かあるが、いつもそうっとしておいてくれる。その感じが居心地よく、なによりも味がおいしい。先月、お店で<BRANDIN>の活動のお知らせを伝えた。店主は「いきます!」と言ってくれて、そうしたら本当にすぐに来てくれた。<BRANDIN>の宮治ひろみさんに彼女をご紹介をすると、宮治さんも「お店にいってみたいです!」と。そうして、二日後にやってくることに。
昨日の朝に連絡があり、旦那様の宮治さんもいらっしゃるとのこと。ならばうちにも寄ってくださいと、集合場所を我が家に変えた。車を運転していらしたのは宮治さんで、一瞬ドキッとするくらい、その姿が父に似ていた。運転席に、「ふんぞりかえる」という言いかたがあっているかわからないが、堂々とした存在感のある姿は、父を思い出ささせるものがあった。宮治さんは、なんというかいるだけで凄みがものすごいのだが、あの感じも、父と似ている。
はじめて我が家にいらした宮治さんは、「すごいねえ!」と何度もいっておられ、窓辺にはりついて海を眺めていた。昨日はちょうど波も良かったので、サーファーもたくさん。
<ミル・コーヒー・スタンド>に移動するべく、宮治さんの車の後部座席に座る。流れていた音楽を聴いて「『サムデイ』(山下達郎)ですね、この曲すきです。ながいイントロも歌詞もすきです!」とわたしがいうと「さすがですねえ」と宮治さんがいった。ランチとデザートをいただきながら、わたしのスマホのシャザム(音楽検索アプリ)リストをお見せすると「つらぬいているものがある!」と宮治さん。何をつらぬいているのかは、語られなかった。まだまだ知らない音楽をもっと知りたいので、こんな音楽が好みなんです、というのを伝えるためにお見せしたときのことだった。話し足りないので、次回はビールを呑むことに。
ランチを終えて鎌倉駅のほうへ移動して、ミニチュア専門店<イクスタン>へ立ち寄り、ひろみさんとわたしはお買いものをして、解散。戻って仕事をして、夕方にプールで500Mくらい泳いだ。今日の夕方くらいには波もちいさくなっているだろうか。まだまだサイズがでかい。でもそろそろサーフィンしたい。

2026/08/04

ちょうどいい

三日間の出店を終えて帰宅した昨日、玄関のドアノブを握ったときに「このくらいの体力が残っているとありがたいな」とおもった。
17年間タイパンツを縫ってきて、最初の15年間は毎年タイパンツ展をおこなってきた。場所を借りて、鎌倉と東京で展示をする。100枚を目標に縫う。持っていけば、だいたいは売り切れた。数が間に合わなかった年はオーダーもとって、展示が終わってからも必死で縫う、そんな15年。販売が年に一度となると、お客様もそこを目掛けてきてくださる。それは大変にありがたいことだけれど、ひとりなので、テンションを上げてフルスロットルでやらないとまわらなかったのも事実。必要な試練だったともおもうが、そういうフェーズを経て、今がある。
茅ヶ崎での日々は、いまの49歳の自分にはすべてがちょうどいい。朝に夕飯の準備をして出かけるくらいの元気がある。昨日は焼きなすと、黒酢の酢豚の仕込みをした。帰ってすぐにご飯をいただけるし、家族にも負担がいかない。体もありがたいと言っているのがわかる。この感じで緩やかに、誠実に、長く続けていきたい。
昨日、ビーチバッグを選んでくれた友人が「インスタでみて、前からいいなとおもっていた」といって、買ってくれたのがうれしかった。車を飛ばして町田市から来てくれたのだが、そういう人に、誠実に手渡していきたい。
売れるもの、というアイテムは確実にある。売れるとわかっていて、その売りかたも、わかっている。そうすれば売上はあがるしいろいろ効率はいいのだが、薄利多売になるだけではなく、じぶんのエネルギーやモチベーションが、利益以上に薄くなってしまう。それがつらい。というか、つまらない。商売だからバランスは大事だけれど、なんでもかんでも急いで売る、売れるものしかつくらない、それは心がいやだという。「売れないってわかってるんだけど縫っちゃうんだよね〜」という奇天烈作家な自分をおもしろがれる余裕、いや、余白がほしい。
「前からいいなと眺めていた」ということを、DMでもラインでもなく、足を運んで伝えてくれた友人に、あのバッグがたどりついて本当によかった。友人が店を出てから「すごく似合っていたね」と店主のひろみさんも言っていたが、バッグもよろこんでいた。そんな後ろ姿を眺めることができる時間は、お金では買えない。忙しすぎると、映画のエンドロールを見ないで席を立ってしまう。あれは、映画に限ったことでなく、暮らしの中にもたくさん潜んでいる。人生は瞬間の積み重ねなのだ。いつでもちいさく、エンドロールが流れている。子育て、介護、仕事、家族との会話、旅、日常。エンドロールが流れて、また次の瞬間がやってくる。「はい次!」っていそがないで、できるだけ、目の前のことを、その瞬間を見届けたい。

2026/08/03

おにいちゃんがやって来た ヤァ!ヤァ!ヤァ!

 湘南の夏、8月がやってきた。海岸線を飛ばすだけで気分もあがる。RIP SLIMを聴きながら茅ヶ崎に向かい、<BRANDIN>では山下達郎のアルバム『BIG WAVE』を流し、帰りはサザンオールスターズを聴いて帰る浮かれ様。地面から2センチくらい浮いていた感じ。今朝はそんな自分をクールダウンさせるように、薄曇り。最高気温も29度だという。
土曜日は茅ヶ崎の花火があった。友人のKさんが「マンションの屋上からみよう」と声をかけてくれて、夕方に娘と夫も<BRANDIN>へ。おなじようなタイミングで、都内から兄と奥様もご来店。何の連絡もなかったのでびっくり。店主のひろみさんにはよく家族の話をしているので「兄です!」と紹介。
奥の部屋に入ってきた兄は、レコードを観て「『BIG WAVE』なつかしいな。中学生のときにこの映画をみて、ぼくは波乗りをはじめたんだよね」と言っていて「えーそうなんだ!っていうかこれ映画のサントラだったんだ!」と盛り上がる。「中学生だったから、移動は電車じゃない? だからボディーボードからはじめたんだよね。当時はブギーボードって呼んでたはず。モーリー・ブギーね」と兄。「わー、めっちゃ懐かしいね!」と盛り上がった。
わたしと兄は7歳ちがう。兄は10代からサーフィン、ビリヤード、バイクはベスパ一択とこだわりがあり、好きなものがはっきりとしていた。歳の差もあったとはおもうが、いつもやさしかった。今はすっかりおじさんになったけれど格好が良くて、自慢の兄だった。町田市にある和光高校を選んだのも兄が通っていたからだし、サーフィンも兄が宮崎まで連れていってくれて、その影響ではじめた。長男で、両親の介護に関してもいつも誰よりも奔走している。四人兄妹、時にぶつかりつつも仲がいいのは、間違いなく兄のおかげ。
その日はマドラスチェックのメンズシャツを試着してくれた。兄のために仕立てました、というくらいに似合っていて、お買い上げ。アロハシャツを脱いで、お着替え。ブルックスブラザーズのシャツの修理品も持ってきてくれた。いつも、手土産を持ってやってきてくれる兄で、土曜日はキンキンに冷えたカールズバーグを手渡してくれた。「ミモはサッカーが好きだから、限定のサッカーのイラスト缶!」と。ビール党の宮治さんにもお裾分け。開襟シャツ好きの宮地さんからも「シャツ似合ってますねえ」なんて言われていた兄、賑やかな夕方。
先日のFM横浜のラジオを聴いてきた、というお客様もいらした。「BRANDINのウェブサイトで知ってきました」という方も。みなさん不思議そうにタイパンツを試着してくれて、履き心地を気に入ってくだったようで、買って帰ってくださった。元同僚も何名か、本当に感謝。材木座でコーヒースタンドを営む店主も来てくれた。デニムのお直しと、店で使っているというエプロンの修理。みなさん、酷暑の中本当にありがとう。感謝の一言。
場所を構えて待っているのは、実にたのしい。やってくる人の視線の先は様々で、人はみたいものをみている。タイパンツを見る人、レコードを見る人、本棚を見る人、修理の依頼の人は、修理品を広げて見せてくれる。
印象的だったことがひとつ。娘が昨日の朝、こんなことを言った。「ママの場所も、<BRANDIN>も、音が流れているっていいよね。会話がとぎれたときも、音が流れていると気まずくならないなーっておもった。音楽があるってすごいね」と。わたしが室内空間にこだわるのは、もしかしたら、そこがものすごくおおきいのかもしれない。搬入時も、まずレコードを選ばせてもらう。そして、部屋にレコードを持ち込み、プレーヤーの電源を入れ、針を落としてから設営をはじめる。
たとえ集客力が足りないとしても、空間はぜったいにひとりでつかいたい。それも含めて自己表現だと、信じているからだ。音楽、照明、光、作品、そこに作家が立ち、お客様が来てくれることで、はじめて物語がはじまる。だからこそオンラインでものを売ることが、じぶんにはとても難しい。とはいえ遠方の方にもみていただきたいし、この活動は両輪で走ろうと決めたので、決めたことはまっとうしたい。同じく月に一度の更新ペースで、できることはがんばるって決めている。