三日間の出店を終えて帰宅した昨日、玄関のドアノブを握ったときに「このくらいの体力が残っているとありがたいな」とおもった。
17年間タイパンツを縫ってきて、最初の15年間は毎年タイパンツ展をおこなってきた。場所を借りて、鎌倉と東京で展示をする。100枚を目標に縫う。持っていけば、だいたいは売り切れた。数が間に合わなかった年はオーダーもとって、展示が終わってからも必死で縫う、そんな15年。販売が年に一度となると、お客様もそこを目掛けてきてくださる。それは大変にありがたいことだけれど、ひとりなので、テンションを上げてフルスロットルでやらないとまわらなかったのも事実。必要な試練だったともおもうが、そういうフェーズを経て、今がある。
茅ヶ崎での日々は、いまの49歳の自分にはすべてがちょうどいい。朝に夕飯の準備をして出かけるくらいの元気がある。昨日は焼きなすと、黒酢の酢豚の仕込みをした。帰ってすぐにご飯をいただけるし、家族にも負担がいかない。体もありがたいと言っているのがわかる。この感じで緩やかに、誠実に、長く続けていきたい。
昨日、ビーチバッグを選んでくれた友人が「インスタでみて、前からいいなとおもっていた」といって、買ってくれたのがうれしかった。車を飛ばして町田市から来てくれたのだが、そういう人に、誠実に手渡していきたい。
売れるもの、というアイテムは確実にある。売れるとわかっていて、その売りかたも、わかっている。そうすれば売上はあがるしいろいろ効率はいいのだが、薄利多売になるだけではなく、じぶんのエネルギーやモチベーションが、利益以上に薄くなってしまう。それがつらい。というか、つまらない。商売だからバランスは大事だけれど、なんでもかんでも急いで売る、売れるものしかつくらない、それは心がいやだという。「売れないってわかってるんだけど縫っちゃうんだよね〜」という奇天烈作家な自分をおもしろがれる余裕、いや、余白がほしい。
「前からいいなと眺めていた」ということを、DMでもラインでもなく、足を運んで伝えてくれた友人に、あのバッグがたどりついて本当によかった。友人が店を出てから「すごく似合っていたね」と店主のひろみさんも言っていたが、バッグもよろこんでいた。そんな後ろ姿を眺めることができる時間は、お金では買えない。忙しすぎると、映画のエンドロールを見ないで席を立ってしまう。あれは、映画に限ったことでなく、暮らしの中にもたくさん潜んでいる。人生は瞬間の積み重ねなのだ。いつでもちいさく、エンドロールが流れている。子育て、介護、仕事、家族との会話、旅、日常。エンドロールが流れて、また次の瞬間がやってくる。「はい次!」っていそがないで、できるだけ、目の前のことを、その瞬間を見届けたい。