ときどき、無性にシンディー・ローパーが聴きたくなる。小学生の頃、映画館で『グーニーズ』を観たときにはじめてあのハイトーンなヴォイスに触れた。高校生くらいになると、姉がCDを持っていたので、ときどき部屋に持ちだして聴いた。いつもではないが、ときどき聴きたくなるアーティストのひとりなのだ。
昨日、ふとシンディー・ローパーを聴きたくなり、Apple Musicでランダムに流していた。すると『We are the world』が流れた。USA for Africa として、チャリティーのために収録された有名な曲で、そこにシンディも参加している。Netflixで、この楽曲収録のドキュメンタリーを観たこともあるが、シンディーはアクセサリーをじゃらじゃらつけていて、その音が入り込んでしまうシーンもある。髪の色もファッションも独特で、なんとも個性的でかわいい。飛び跳ねるようにして歌う姿も、子どもみたいでいい。
曲を車で聴きながら、昨日はちいさなおともだちをお迎えに。友人のお嬢さんで、小学6年生のおんなのこ。1年生の頃からインドに興味があるとママから聞いて、逗子のチャハットまで連れていってあげたくなったのだ。事前に大竹シャチョーに連絡をすると、「将来有望な子だね」と、シャチョーも時間をつくってくれていた。シャチョーに提案された時刻まではすこし時間があったので、うちにも寄ってもらい、お茶などをして、その後チャハットへ。店の中をじっくりみて、シャチョーやスタッフとも話し、タイのボンボンがついた紐をおそろいで買った。
ママからはシャイだと聞いていたが、全てにおいてそうではないようにおもえた。きちんと意思表示ができる子だった。好きなもの、好きな色、つかわないもの、考えがはっきりとしていた。「これがかわいい」というと、じーっとみたり触ったりして、途中で値段もみて、考えたりしている様子だった。片っ端から買ってあげたい気持ちをおさえて、その様子を眺める。かわいい・・・。
わたしもシャチョーもスタッフの女性も、みんなこどもだったわけで、一応おとなにはなったみたいだが、延長線上で勝手に歳をとっていた。特にシャチョーに至っては、好きな国がおなじと聞くとグッと親近感が沸いたのか、とてもうれしそうにしていた。アイスキャンデーとかお茶とか、いろいろおもてなしをしたがっていた。わたしも「ハワイ好き、アメリカ好き」と聞くだけでおともだちになれるとおもってしまうので、あの様子は分かりやすく理解ができた。
シャチョーにバイバイし、助手席におんなのこを乗せて運転しながら「シャチョー、おおきいでしょ。なんかいいひとでしょ」とわたし。「うん」とおんなのこ。「手もおおきいんだよ」とわたし。ご自宅まで送り届けて、「またあそぼうね」とバイバイ。情緒が安定していて、決しておおきくはない、ちいさな、たしかな声でじぶんからお話ができて、なんだかいい子だった。あの落ち着き、間の取りかた、見習いたいが無理だろう。憧れは、火傷して終わることがおおい。
午前中は仕事でHさんが来訪。Hさんはバブル世代のおねえさんだけれど、どこかずっと女子大生みたいな雰囲気で、いつでもキャピキャピしている。娘もそれを知っていて、昨日もHさんの動きにめちゃくちゃウケていた。わたしがつくったタコライスを三人で食べながらゲラゲラ笑い、昨日は女子率高めの一日だった。年齢ってナンバーなのだが、性格はたぶん、生まれた瞬間から決まっているのだろう。そう考えると、「おとならしく振る舞う」とかそもそも無理のあるはなしではないか。「じぶんらしく振る舞う」、それがきっと正解なのだろう。