2026/08/13

たのしかった、なつやすみ

夏休み終了。 「今日からまたがんばって」とわたしの背中をおすように、朝から二度も虹が姿を見せてくれた。小雨が降っていたので夫を駅まで送迎した今朝のことだ。
夏休みは波乗り、プール、実家の家族の集まり、友人のバースデーを祝うビーチパーティーと連日あそびまくってあっという間に終了。仕事ではなく、自分のためにミシンも踏んだ。ずっと忙しかったので、いい休暇となった。ちゃんと休むということが、ちゃんと働くことへとつながっていく。こと夏においては、とくにそうだと信じている。
友人のバースデーパーティーで、20年ぶりくらいに葉山・一色海岸の海の家へ足を運んだ。途中、師匠のアトリエもあり、懐かしくておもわず記念撮影。バースデーパーティーはケータリングも空間のデコレーションも各方面のプロが手がけていらして、なんだかものすごかった。バブル世代の本気を見た感じ。わたしはドレスの依頼をいただいていた。20代から可愛がってもらっている年上の友人の、お祝いの晴れ舞台に携わること、プレッシャーと喜びの気持ちでいっぱいだった。 DJや生歌、ピアノの生演奏などもあり、記憶に残るパーティーだった。生きていたらここに呼びたかった人が、きっともっといたのだろうなと、主役の友人の気持ちにそっと触れた夜。

長生きがすべてではないが、生きている、ということは会える、ということなのだ。笑いあったり、またねと言いあえるということ。亡くなる、ということはだから、会えなくなるということ。もう笑いあえないし、またねと言えなくなる。そういうことなのだ。重ねられないから、思い出を振り返るしかない。それも幸せなことではあるけれど、できるだけその回数がおおいといいなと、そんなことをおもった。
パーティーの最中、旧知の男性と言葉を交わしていたときのこと。「みもちゃん、お金も大事だけれど、もっと大事なものがあるよね」みたいな言葉を彼が口にした。健康も、家族も、仲間も、愛も、誠実さも、ぜんぶお金では買えないものばかりなのだ。波の音、主役やゲストの終始うれしそうな笑顔が、まだまだ脳裏に焼きついている。幸せについて、人生について、あらためて考えさせられるパーティーだった。