2026/06/22

わたしの好きなひと

「なんか」とか「なんとなく」という気持ちを大切にしている。理由なんてあとからわかることだから、探さない。土曜日はお取引先の方と鎌倉駅で待ち合わせ。どんな顔だったかな、と思いながら人混みの中を探した。数年前から、メールや電話は何度かやりとりをしたことがあったが、お会いしたのは一度だけ。そのとき、この人やっぱり好きだな、とおもった。ごはんを食べてお茶をして、たくさん話をして、その理由がわかった気がした。仕事の向き合い方、プライベートの過ごし方、家族のこと、たくさん学ぶ点があった。またきっと、次は東京で会うとおもう。
昨日は夏至、結婚記念日でもある。長く陽があたるような結婚生活が続きますように、そう願いを込めてこの日を選んだ。22年前は、両親も若く元気で、ハワイ島のちいさな教会で式を挙げた。叔母もカリフォルニアからきてくれた。あれから長い月日が経って、昨日、夫は朝から猛然と私のクローゼットをキレイにしていた。たたみ方、しまい方、そのすべてが夫から見たらメタメタらしく、やや半ギレで片していたけど、こちらは無視。どうせすぐに元通りなってしまうのに、夫はそれを我慢できない。
午後はワールドカップの観戦をし、わたしはその後波チェック、夫はその間もビールを呑みつつ家事をしまくっていた。わたしは家事が苦手なので、ほんとうに感謝している。イラチだし、頑固だけれど、家族をとても大切にしてくれるし、言葉と行動に、いつも嘘がない。
夫にはじめてあったとき、彼は人生の沼のようなところにいた。若くして両親を亡くしている夫は、憧れていた東京にきて、大学を出て就職したが仕事も暮らしも上手くいかずに3年で辞めて、暗い海底から空を見ているような感じだった。なのに心は腐ってなくて、目の綺麗な人で、ものすごくいい感じだな、この人と結婚するかもな、とおもった。わたしは20歳、夫は26歳だった。結婚相手の条件、なんて人生で考えたことはないけれど、一般的にはだいぶ厳しい条件だった夫を「いいな」と思ったわたしの直感は、間違いなかったと言っていいだろう。それ以上に、わたしと夫のキーパーソンはなんと言っても父。わたしは揉め事がきらいなタイプだから、もし、親に反対されたりしたら、きっとお付き合いをやめていたとおもう。間違いなく、そうおもう。「パパ、今付き合ってるひとが26歳なんだけど、無職なんだよね。いい人だから、なんか仕事を紹介してもらえない?」といったわたしに、「俺に合わせてみ。俺が見てやるよ、俺は見る目があるからね」といって、父はすぐにセッティングしてくれた。高田馬場に当時あったダイカンプラザホテルのロビーで、確か夫と父は、2人で顔を合わせたはず。帰宅した父は「あいつ、悪くない。なかなかいいよ」といって、段取りよく、友人の会社に送り込んでくれたのだった。
わたしと父は、すごく似ている。昔は、人からそう言われるたびに、それがイヤでイヤでしょうがなかった。大人になって父のことを振り返るたび、父に似ていることは、私の誇り。いま、父に会うべく都内に向かっている。体調を崩してしばらく入院していた父の、今日は退院日。わたしは父に似て惚れっぽいし、すきな人がたくさんいる。わたしの好きなひと、ずっと好きなひと、それはもちろん、パパもそのひとりであることに、間違いない。