インドネシア・バリ島と、マレーシアの旅から戻ってきた。
クアラルンプールで駐在員として暮らす、元同僚のKちゃんに会いにいくのが目的だったが、せっかくならバリも行こうよと欲張って言い出したのは夫。波乗りにリゾートホテルと、バリ島を目一杯楽しんでから、都会のマレーシアへ向かった。
Kちゃんファミリーは、クアラルンプール空港のお迎えを皮切りに自宅に宿泊させてもらったり、ガイドさながらにきめ細かくケアをしてくれて、ただただ感謝の一言だった。アウトドアブランドの修理部で一緒に仕事をしていた当時、正直そんなに親しかったわけでもないし、Kちゃんは歳も9歳若い。振る舞いや仕事の仕方などを見て、真面目ないい子だなと思っていたが、海を超えて会いにいくほどに突き動かされたのはなぜだったのか、その答えを見つけたような旅だった。
ご主人は現地の日本人学校で教鞭(きょうべん)を執っている。10年ほど前に一度だけ会っていたが、その頃と比べて、先生として、親として、顔つきが何倍もたくましくなっていたのが印象的だった。当時も素敵な感じの青年だなとは思ったが、この旅でゆっくり言葉を交わし、日常を垣間見て、その人間的な魅力に素直に納得ができた。Kちゃんは二人の子育てと慣れない現地での生活に日々奮闘しているのだろうと思う。朝早く起きて、ご飯を作り、上の子を送迎をし、間髪入れずに下の子を送迎をし、あっという間にお迎えの時間がやってくる。今は自分の時間など、きっとほとんどないだろう。本人は悩みも迷いも、この先の不安もあるかもしれないが、とてもいい顔をしていた。まずもってしっかりと家族を見つめ、自分にしかできない仕事をこなしていて、足元がとても安定して見えた。
当初、GWは娘と二人でカリフォルニアの叔母のところへ行ったらどうか、と夫に提案された。経済的にも三人でいくより二人の方がいいのではないか、とのことだった。そんなの全然楽しくないじゃん、とわたし。娘にも聞いたら、同じ答えだった。それだったら、みんなでマレーシアに行こうよ!と提案をしたのはわたしだった。
現地で暮らす友人に会いたかったのももちろんあったが、娘に「こんな暮らしをしている人もいるんだよ」というのを見せたかったのだ。娘が小学校の時に大好きだったM先生は、和歌山からやってきた男性の先生。二人の子育てをしながら、時に厳しく時に優しく、愉快で、オシャレで、わたしも大好きな先生だった。そのM先生と、Kちゃんの旦那さんが、いつもどこかでクロスオーバーしていた。関西人で、二人のパパで、歳も、家族構成も、二人はとても近かったのだ。娘にもそのことは話していたので、「M先生みたいに、日本で先生をする人もいるし、Kちゃんの旦那さんみたいに、海外で日本の先生をする人もいるんだよ」と説明はしていたが、実際に暮らしを拝見して、娘にとっても世界が広がったようだった。もちろんわたしも、夫も。
16年ぶりのマレーシアに、9年ぶりの海外は、縮こまっていた心と体がぐーんと大きく伸びをしたような、気持ちのいい時間だった。マレーシアはイスラム教の習慣で、トイレにハンドシャワーがある。紙を使う代わりにシャワーでお尻を流す。最初は戸惑う日本人も多いとは思うが、せっかくお邪魔しているのだしと、ホテルでトライしてみた。最初はコントロールが難しかったけれど、なかなかいいものだった。街には「アザーン」といって、礼拝の時間を告げる音が、一日に何度か鳴り響いた。
マレーシアはスクランブル交差点のようにいろんな国の人が住んでいて、宗教も違えば、肌の色も、食事も、様々な様式が混在していた。母国語が英語ではないから、お互いの英語やイントネーションを理解しようとする優しもたくさんあった。また旅にでたい。そのためにも仕事を頑張ろうと、とっても前向きな気持ちになって帰国できたのは、旅のおかげ、現地の人のおかげ、なにより、Kちゃんファミリーのおかげ。今日からまた、わたしはわたしの国で、わたしにしかできないであろう仕事を、コツコツと頑張っていこう。