「残念なニュースって、なくならいね」朝の情報番組を見ていた娘がぼそっと言った。犯人が連行される様子が映像で映されると、たいてい一瞬、カメラは容疑者をおさえる。スローモーションだったり一時停止されたその瞬間、「こっち見るな!」と、娘はいう。父は、「目を見ればわかる、人も魚もおなじだよ」とよく言っていた。死んだ魚の目は濁っていて、鮮度が悪い。鮮度のいい魚の目は、真っ黒でキラキラしているのだと。父の言っていた通り、犯罪を犯した人の目は、確かに死んでいると感じる。
「年齢なんてただの数字よ」
素敵な感じの人っぽい人がよくつかう言葉を、メディアを通じてときどき目や耳にする。あれって本当に、本当だろうか。自分は、容疑者の年齢をつい目で追ってしまう。「えー、同じ歳なんだけど」と、つい声に出して言ってしまうのは、「じぶんもあんなにおばさんなのか」とか「この歳でこんなことしちゃうのか」とか、とにかく色んな感情がうごめいて、ものすごく、腹の力が奪われる。つまり、映像をとうしてめちゃくちゃ負を浴びているってことなのだろう。とてもよくないこと。そのすぐあとで「では、次はワールドカップのニュースです!」とか言われても、こっちは感情を切り替えるのがむつかしい。アナウンサーも大変な職業だ。
昨日は午後から今年初の海の家パパイヤのアルバイト。一年ぶりのオーナーや新旧混ざったバイトの皆さんにご挨拶。キッチンでラーメン、揚げ物、焼きそばなど、記憶をたどりつつ手を動かした。今日は午前中だけ仕事して、午後はやっと休日。波乗りしたいけど、少し仕事もしないと間に合わない。明日はサーフィンしたいけれど、波はどうなんだろう。今、窓の外にはちょうど良い感じの波が広がっていて、「ミシンなんて踏んでないで、こっちおいでよ」って言っている。何度も手招きをしている。そんなふうに見える波。