昨日の娘の三者面談を楽しみにしていたのは、先生にお会いしたかったから。
還暦を迎えられた担任の男性は、数日に一度という高い頻度で、手書きの通信を配ってくれる。まるもじのフォント感や、通信のタイトルも昭和そのもの。日々、紡がれる言葉から滲み出る人柄には、なんだろう、心がほどけるものがある。まず褒めてくれる、次に感謝。たまに書かれる独り言のようなぼやきも、これがなかなかにウケるのだ。
春に配られた第一号を復習したら、先生の『趣味』の項目には「レコードとCD収集」と書いてあった。記憶に間違いないと確信し、こっそり『Better Days』(わたしが作っている通信)と<BRANDIN>のお知らせハガキももった。なのに肝心のスリッパは忘れてしまう、うっかりさんのわたし。
初めてお会いした先生は、ほんとうにいい感じの男性だった。「緊張する〜」と言いながらはいってきた娘に「怒ることは何もないし、感謝しかないよ」と先生が言った瞬間、なんだか私のほうが泣きたくなった。こんな感じの方に、思春期の娘の日中を預けているんだなと思ったら、こちらこそ感謝の気持ちだ。
先日の体育祭で、校庭のトイレのトイレットペーパーが切れた瞬間に立ち会った。「誰か先生が持ってきてくれるはず」と、生徒のひとりが言ったあと、遠くのほうから、地味な感じの男性が両手にトイレットペーパーを抱えて走ってやってきた。「こういう雑務って目立たないし、評価にも入らないんだろうなぁ」と眺めていた。ふと、年齢的にも性別的にも「あれ? もしかして、あの人が担任の先生だったりして。そうだといいな」と思って目で追っていた。昨日ついにご対面した担任の先生は、あの日のトイレットペーパーの男性だった。
わたしが、<BRANDIN>で『Better Days』を作って配ろうと思ったのは、実は、先生の通信がヒントだった。そのことと、日頃の通信を楽しく読んでいることを伝えたかったので、昨日の面談はとてもいい時間だった。進学や成績のことも、もちろんちゃんと話をした。「中学二年生は、とにかく興味のある学校の文化祭などに足を運んでみて、自分にあっているかな?とかね、雰囲気を見てみることだよ。そのあとで、じゃあその学校にあった学力にするには、足りないところをどう伸ばしていくかを考えていったらいい」とのことだった。娘が名前を出した高校に対して、瞬時にそう言った先生の優しさが、親には手に取るようにわかって、また泣きそうになった。なんだか、言葉ひとつ一つに愛があって、ほんとうにあたたかい人だった。可能性と選択の自由を潰さない感じ。自分もこんなふうに、相手を想ってやさしく喋れているかなと、考えさせらる時間だった。