2026/07/01

師が嫌ったもの

先日娘と某公立高校の文化祭へいったときのこと。受付をするかわいい女の子や、「チュロス美味しいですよ〜」と呼び込みをする男の子をみて、「なんか高校生ってたのしそう」と娘がいった。
文章のワークショプに通っていたわたしにとって、師匠は美術作家の永井宏さんになる。「外で決して僕のことを師匠だと言わないように。こんなに色の黒いサーファーがお弟子さんだと思われたくない!」と生前よく言われたけれど。師匠はいろんなことに、面と向かって辛口で厳しかった。中でも「文化祭」的なことをすごく嫌う人だった。「文化祭じゃないんだよ」は何度も聞いた言葉。そのことを、この間の文化祭でふと思い出した。
ギャラリーをしていたとき、企画展で声をかけると「他にも誰か誘っていいですか」みたいなことを何度か言われた。全部断ったのは、師匠の教えがあったから。個展はひとりでやるものだ、というのを叩きこまれた。大勢でやると責任も集客も分散される。それはなんとなく安心だけれど、結局背負うものがない。「責任を持て」とよく言われたのは、そういうことなんだと、やってみて後でしった。痛みやプレッシャーを個で受け止める。反省したり、喜んだり、その繰り返しから学ぶことは大きかった。これは師匠に感謝していることのひとつ。
もう20年くらい前になるけれど、葉山芸術祭というイベントに『BEACH BOOK STORE』という名前で海辺の本屋として参加した時のことだ。出来上がったパンフレットには「海辺の本屋さん」と紹介されていた。「本屋」ではなく「本屋さん」と書かれていたことに師匠はすごく違和感をあらわし、あきらかに不機嫌そうだった。幼稚な感じで嫌だ、というようなことだった。そういうわずかなことに、ものすごく厳しい人だった。気難しいところもあったけれど、人が見落としそうなところ、誤魔化しちゃいそうなところを、はっきりと指摘するような、厳しい人だった。愉快なおじさんのイメージが強いけれど、実際はめちゃくちゃ厳しかったことを、今でも、時々思い出す。師匠も亡くなって、自分も大人になり、もうあの頃のように注意してくれる人はいない。だからこそ、恥ずかしくないように、責任をもって生きていたい。「これで大丈夫かな」と確認する。「これじゃダメだな」とおもうと、やり直す。面倒くさいとおもっても。自分で自分が恥ずかしくなるから。
そういう気持ちで生きていないんだろうなと感じる振る舞いの大人とは、最近もう付き合えなくなってきた。正解がどうではなく、ベクトルの違いなのだとおもう。今日は午後からパターンの打ち合わせ。それまでにどれだけ縫えるかな。