ビル・ウィザーズが涼しげな声で「ラブリ・デイ」だとわたしに語りかけている。朝から暑すぎて、どのあたりがラブリーなのか、目をこらして探している朝。
娘が起きてきた。「8時だよ!すごいよね!」といきなりじぶんでじぶんを褒めている。先日の三者面談で、夏休みの目標を書く紙に「昼までに起きる」と書いてあった。先生も私も思わず二度見したが、あれ、本気だったんだね。ママは朝からめっちゃ仕事をしている。午後から人に会う用事があるし、夕方はプールにも行きたい。早回しで動かないと、とにかく仕事が追いつかない。
縫製業を営んでいて、お洋服にたずさわる仕事をしているが、自身はおしゃれかどうかと問われたら、そこはあまり目指していない。おしゃれは我慢とよく聞くが、我慢が大嫌いなわたしだから、多分方向性が違うのだとおもう。
目がいくのは格好いい人で、バランスのとれた人がすきで、一言でいうならば、素敵な人がすき。似合っているものを着ている人がすきだ。それがハイブランドでなくてもいいし、ハイブランドでもいいし、新品でも古着でもいい。似合っている人を見ると、「わあああ」って思って目で追ってしまう。格好つけていないのに格好いい人、というのがいちばんすき。
格好つけないといられないような場所にいくと、なんかすごく心の奥が恥ずかしくなってしまうから、すぐに退散すると決めている。そういう場所がすきで楽しい人もいるとおもう。みんながすきな空間を自由に楽しんだらいいのだが、自分はどうしてもだめ。格好つけられない。風が止まっている感じがしてしまって、心と体が暑くなる。で、喉が渇いちゃう。
服装や暮らしでいうと、新宿にいくとたくさんのホームレスを目にするのだけれど、ダンボールの組み方や服装にこだわりを感じる人もたまにいて、「あの人、工夫してるな」なんて眺めるのが、昔から結構すきだった。幼稚園児のころ、手を繋いで歩きながら母も似たようなことをよく言っていた。「あの人、インテリよね」とか言っていて、「インテリってなあに?」と聞いたら、「あの人、何ヶ国語も語学が喋れるの。よく、いろんな国の言葉で独り言をいっているのをママは知ってる」と言ったあと「お顔立ちも素敵!」と付け加えた。絵も上手で、母はその人に「よかったら使ってください」と、家で使わなかったクーピーをあげたりしていた。その人は、ジュードのような布を貫頭衣のようにかぶっていた。今でも忘れらないが、ちょっとヒッピーぽい感じで、危うい、格好良い感じだった。おおきなショッピングカートを押しながら暮らしていて、幼稚園のそばによくいたのだが、隠しきれない気品が漂う紳士だった。きっと、ものすごいエリートだったのではないか。
母は見た目が女優のように綺麗でスタイルもよく、いつもピアスやブレスレットをつけ、香水をつけ、幼稚園のお迎えでも必ずヒールを履くような人だった。他人からはさぞや都会的に見えたとおもうが、中身は南国の海辺で育った野生児のままだった。服装や色彩のセンスも考え方も、すごく個性的だった。誰にも染まらない感じで、そこが本当に素敵な人だったと今でもおもう。家族の本には、母のことをたくさん、たくさん書きたい。