2026/07/29

愉快な先輩たち

ときどき、三浦に潜りにいく。ひとりで、車でサッといく。30分くらい潜れば十分な性格で、体が冷えない程度であがり、帰ってくることがほとんどだ。
先日、展示を見にいった<fabric camp>の店主の小山千夏(こやま・ちなつ)さんに、「車だから、よかったら今度一緒にいきますか?」と何の気になしに伝えたら想像以上によろこんでくれて、ならば早速いきましょうとなった昨日。迎えにいきますよといったが、うちまで自転車で来てくれるというので、仕事をしながら待っていた。作業のキリが悪かったので、少しだけ家に上がってもらい、ボンドの仕上げをしてから出発。おおきくなった娘に驚いていた千夏さんと、千夏さんを覚えていない娘。
向かう途中で、裁縫の師でもある三橋友美(みつはし・ともみ)さんもピックアップして、諸磯へ。
素潜りは通常長めのフィンを使用するのが常なのだが、千夏さんはめちゃくちゃコンパクトなフィンを持参していた。「へえ!」なんておもっていたら、友美さんはまさかのクロックス(靴)のまま入水。想像の斜め上をいくふたりに笑いが込み上げてしまった。千夏さんは泳ぎが得意なのだとおもう。あの小さなフィンでスイスイ泳いでいた。
友美さんは「そんなに深く潜らなくてもいいの」と言っていた通り、岩場を攻めていた。手にグローブをつけて、岩場の藻をゆらゆら触り、魚を呼んでいた。その姿は水族館の水槽の中にいるおねえさん風でとてもおもしろく、おもわずじっと眺めてしまった。「クロックスは本当に脱げないのか?」という疑問もあって、魚と、友美さんのクロックスを交互に眺め、そんな自分にもまた笑えてきて、終始愉快な素潜りだった。三浦で育っただけあって、友美さんはわんぱく感が半端なかった。こんなお嬢様を育てたご両親が確かにいらっしゃったんだなあ、何だかうまく伝え切れないが、ものすごく込み上げてくる感動があった。バックグラウンドが、自分とは180度ちがう。わたしは見た目だけだか、友美さんはマジで本物であった。
海から上がっても、二人はあんまり真水とか使わず、涼しげにお着替えを済ませていた。お化粧水とかしないのかしらん? 水着は着替えたのかな? もはや、パンツはいてないのかなとか、好き勝手に妄想したらもうずっと笑いが止まらなかった。色々とびっくり続きで、めっちゃウケてしまった。それを先輩たちにいい続けながら、愉快にドライブ。
友美さんをご自宅に送迎し、「ごはんたべよう」と千夏さんがいって、〈SUNSHINE+CLOUD>のカフェでカレーを食べることに。千夏さんが唐突に「みもちゃんて、サンライトギャラリーにはきたことあった?」と聞いてきた。サンライトギャラリーとは、わたしの師匠の永井宏さんがその昔(1992年から1996年まで)、葉山でやっていたギャラリーのこと。
「私が永井さんに会ったのは、もっとぜんぜんあとですよ」と伝えると「そっかー」と千夏さんは言った。永井さんには、2005年にはいったワークショップで出会ったこと、そこで「生徒たちは海にもいかない人ばかりだから、小鳥コーチはみんなをサーフィンにつれていってほしい」と言われたこと(実際に何度かやった)を話すと「永井さん、うれしかっただろうなあ」と言った。千夏さんがそういうなら、そうだったのかもしれない。千夏さんと永井さんの長く親しい間柄もそうだが(千夏さんはそのギャラリーを手伝っていた)、千夏さんが口にする言葉には、そうおもわせる力強さがある。
帰りの車でも「それにしても二人がわんぱくでおもしろかったです!いろんな人に話しちゃうとおもう!」と、しきりに言ってしまった。自分は道具をちゃんと揃えたいタイプで、迷ったときは妥協せず、ぜったいにいいほうを買いたい性分。昨日も、格好は誰よりもそれっぽかったけれど、安定の見た目だけでいちばんへっぽこであった。「そういうところで、都会っ子がでちゃうんです。きっと永井さんもそうだったとおもいますよ。波乗りとかしていたけれど、そういうタイプだったとおもいます」と言うと「そうかも!すごいわかる〜」と千夏さんが笑っていた。「BORN FREE WORKSも、馬詰さんも、BRANDINも、ぜんぶ永井さんが紹介してくれて、ほんと、先生には感謝しかないですよ。お墓(三浦にある)参りもいかずに、今、先生に背を向けて帰ってますけど!」と言ってゲラゲラ笑った。千夏さんも、永井さんのおかげで知ることができた人だ。昨日は久しぶりにゆっくりと、まるっと休日で、ほんとうにいい1日だった。奇跡的に雨雲をすり抜けて遊べた、パーフェクトと言っていいだろう夏の日。